『ルネ・ジラール』クリスティーヌ・オルスィニ著(白水社)
[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)
セルバンテス、シェイクスピア、スタンダール、ドストエフスキー。ルネ・ジラールが作品に「欲望の三角形」を見出(みいだ)した作家たちだ。彼らの登場人物は自分が模範とする者が欲望する対象を欲望する。『赤と黒』のレナール氏がジュリアンを雇うのは政敵が彼を雇おうとしたからだ。模倣的欲望の力学ゆえに主体は欲望の対象を手に入れた途端に幻滅する。この理論は一昔前まで文学研究でよく援用された。しかしジラールの射程はより壮大であることを本書は思い出させてくれる。
本書によれば、ジラール思想の要諦は模倣的欲望に加え、創設的暴力としての供犠の解明にある。人類は何らかのスケープゴートを供犠に捧(ささ)げるという原初的暴力によって共同体を創設してきた。オイディプス神話が示すのは、模倣的暴力の連鎖によってオイディプスを追放することで都市国家が災いから解放される構造だ。しかし、神話がこの構造を正当化するのに対し、福音書はその不当さを暴く、とジラールは考える。
人類学が勢いを増す現在、バタイユやデリダと共にジラールを読み直す必要を痛感した。末永絵里子訳。