『落語×文学』恩田雅和著 小説面白くする素養

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落語×文学 : 作家寄席集め

『落語×文学 : 作家寄席集め』

著者
恩田, 雅和, 1949-
出版社
彩流社
ISBN
9784779128493
価格
2,750円(税込)

書籍情報:openBD

『落語×文学』恩田雅和著 小説面白くする素養

[レビュアー] 伊藤洋一(エコノミスト)

おしゃべりが上手な人すべてが、文章をテンポよく書けるわけではない、とはよく言われる。その逆もしかり。ただ笑わせるのが本業の落語家が書くエッセーなどは、起承転結が秀でていると感じる。ならば作家には、落語的素養がどれほど備わっているか。

のちに言文一致体を駆使した作品を創出することになる二葉亭四迷は、文章をどう書くか坪内逍遙に相談したところ、「(三遊亭)円朝の落語通りに書いてみたらどうか」。永井荷風は20歳頃に「朝寝坊夢之助」を名乗り前座を務めた。夏目漱石の落語好きを継承した内田百閒(ひゃっけん)は勤務先の大学を抜けだし、三代目柳家小さんの告別式に駆け付けた…。

著者は大学生のとき、入院を機に落語にのめりこみ、和歌山放送勤務時代は多くの演芸番組制作に携わった。平成18年、大阪で60年ぶりに落語の定席「天満天神繁昌(はんじょう)亭」が誕生。その支配人として迎えられる。どの落語家にどの順で出演してもらうかの出番作りを担うかたわら、産経新聞大阪本社発行版に「繁昌亭支配人の落語×文学」を連載し、落語の普及に力を注いだ。

本書で取り上げた82人には文学とイメージが結びつかない実業家、渋沢栄一の名も。彼の孫に当たるエッセイストが受けたインタビューを突破口に、昭和4年刊行の『落語全集』に序文を寄せていたことを見つける。四代目柳家小さんを自宅に招いていたことも明かされる。文章に「落語」のひとことがあれば、それを起点に関連する文献・資料を探し人物の落語的素養を見つける姿勢は研究者ばり。作業を支えたのは放送局勤務のかたわら、大学院で修士論文をまとめた学究心か。

近年亡くなった田辺聖子や瀬戸内寂聴、石原慎太郎ら人気作家と落語のかかわりも。特に私小説家・西村賢太に言及した箇所が印象的だ。「文芸作品よりも、現代落語を書いているという気持ちが強い」とインタビューで語り、永井荷風に通じるものがあると感じ取っていた。その才能が途切れたことを惜しんでいる。(彩流社・2750円)

評・伊藤洋一(文化部)

産経新聞
2023年5月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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