人生が楽しくなる──固定概念に囚われない感覚を身につけるためにリベラルアーツが必要な理由

インタビュー

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正解のない教室

『正解のない教室』

著者
矢萩邦彦 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784023322387
発売日
2023/03/20
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

目まぐるしく加速を続ける今こそ学ぶべきものは「自己決定の技術=リベラルアーツ」にあり 矢萩邦彦氏インタビュー

[文] 朝日新聞出版


矢萩邦彦氏

 最近のAIの進化は目覚ましく、ますます予測が難しい社会になった。自分はこれからどうやって生きていくべきか、子どもには何を学ばせればいいか迷う人も増えている。この度刊行された『自分で考える力を鍛える 正解のない教室』では、その答えとして「リベラルアーツ」を学ぶことを挙げている。その理由を著者で小学生から社会人まで世代を越えてリベラルアーツを教えている矢萩邦彦氏に聞いた。

 ***

――この本はずいぶん前から構想があったそうですね。

 はい、構想15年です。執筆には2年半かかりました。リベラルアーツのような抽象的で越境的な概念はなかなか「役に立つ」という実感を得にくいのですが、実は汎用性が極めて高く、全ての基盤となる知識・技術といえます。激しい変化の渦中にある今こそ、最重要な学びであると考えて、このタイミングでの出版になりました。

 リベラルアーツというと、日本では「一般教養」と訳されることが多いのですが、中世ヨーロッパにおいては、肉体労働から解放された自由人のための特に重要な教養だと考えられていました。この場合の「肉体労働」は、仕事内容や方法、すなわち「やること」や「やりかた」を他者に決められていることを指します。つまり「自由人」というのは、ある程度自分の「やること」や「やりかた」を選択する自由がある人のことです。

 そこで私自身は、リベラルアーツとは「自分の人生を選択するための知識と技術」と説明しています。

――「自由なんてめんどくさいからやることを決めて欲しい!」と思う人もいそうですが…。

 それはそれでいいんです。自由に決めるかどうかを選ぶことができることこそ、リベラルアーツ的な自由ですから。信頼できる誰かの意見に合わせたり、既存の仕組みに乗っかることも自由。降りて自分で考えることも自由。それが真の自由です。

 もっとわかりやすい例で言うと、会社員でいるよりも、フリーランスや起業家の方が別に起業したくないし、自分は安定を優先してサラリーマンでいよう、と自己決定しているなら、その人は自由人なのです。とにかく、主体的に自分で選択することが大事です。

――主体的に人生を選ぶために必要な学びはなんでしょうか?

 時代が変わっても変わらない、本質的なことを学ぶことだと思います。それこそ、リベラルアーツなのですが、これは必ずしも西洋的な考えではなくて、日本でいえば松尾芭蕉の言う「不易流行」が一つの基準になると考えています。本質的なことは時を超え、形を変えて残る、というような意味です。

 目まぐるしく加速を続ける社会の中で、古いことはどんどん実用性を欠いていきますし、新しいことは多すぎて手が回らない上にすぐに陳腐化します。そこで重要な視点が不易流行です。

 折しも、この本を書いているうちに、コロナ禍が始まり、時代は大きく変化しました。そのような中で「不易流行」なものは何なのか、意識しながら本を書き進めました。「不易流行」といえるものの一つに、論理や物理をはじめとした「世界の基本構造」があります。この本のひとつの目的は、世界という全体像を把握してもらうことなんですね。自分がどんな世界で生きていきたいのかを考える上でも、まず全体像を把握する必要があります。

――リベラルアーツはどんな人におすすめでしょうか?

 私自身は、リベラルアーツが役立つことが最も自覚しやすいシーンは“自分自身がマイノリティーかもしれない”と思うときだと考えています。リベラルアーツを学ぶと、今までの囚われから解放されて、いろいろな選択肢が見えてくるようになります。つまり、多数派の選択や、誰かが提示する選択肢の中に選びたいものがなかったとしても、まだ他に選択肢はある、大丈夫だ、と認識できるのです。

 私自身、小学校時代から「なんとなくみんなと違うな」という感覚を持っていて、親の勧めで中学受験をして私学に進んだものの、次第に学校や友人と価値観が合わなくなり、不登校になってしまったんです。その頃から本の世界に没頭するようになりました。あらゆるジャンルの本を読み込み、リベラルアーツの世界に興味を持つようになりました。その中で次第に「自分はこのままで大丈夫だ」と思えるようになり、同時に人生そのものが楽しくなってきたんですね。

 皆と同じような選択肢を選んでいる時はあまり不安もないかもしれません。しかし、そうでなくなった時、『これしか道はない』と思っていると追い込まれてしまいます。世の中には今ある選択肢の他にも、自分がまだ知らない選択肢もあるし、まだ誰も知らない選択肢を作り出すことだってできるかもしれない。

 それこそ、リベラルアーツ思考であると思います。

 ***

矢萩邦彦(やはぎ・くにひこ)/「知窓学舎」塾長、実践教育ジャーナリスト、多摩大学大学院客員教授。大手予備校などで中学受験の講師として20年勤めた後、2014年「探究×受験」を実践する統合型学習塾「知窓学舎」を創設。「知窓学舎」では統合型学習塾を運営し授業を担当するほか、私立の中高でSTEAMの講義を担当したり、大学院では『実践リベラルアーツ論』の講義を担当している。

朝日新聞出版
2023年6月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

朝日新聞出版

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