『だれかに、話を聞いてもらったほうがいいんじゃない? (原題)MAYBE YOU SHOULD TALK TO SOMEONE』ロリ・ゴットリーブ著(海と月社)

レビュー

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『だれかに、話を聞いてもらったほうがいいんじゃない? (原題)MAYBE YOU SHOULD TALK TO SOMEONE』ロリ・ゴットリーブ著(海と月社)

[レビュアー] 川添愛(言語学者・作家)

心理セラピー 自ら体験

 海外ドラマが好きな人は、きっとこの本も好きだと思う。本書は心理セラピストが書いたノンフィクションだが、登場する人々の葛藤が絡み合い、それぞれの問題の深層へと向かっていく過程は、まるで良質のヒューマンドラマのようだ。それもそのはず、著者には脚本家としての経歴もあり、あの有名な『ER緊急救命室』なども担当していたというから、ストーリーテリングの上手(うま)さは折り紙付きなのだ。

 著者のもとに来る患者は厄介な人たちばかり。たとえば冒頭に登場するジョンは、自分以外の人間はみんな馬鹿だと思い込んでいる不快な人物で、著者に対しても失礼極まりない言動をする。著者は著者で、その日の前夜、長年の恋人に別れを告げられたばかり。そんな最悪の状態から始まったセラピーも、少しずつ効果を上げ、患者の印象が変わっていくから面白い。

 この本の特筆すべき点は、著者自身が他のセラピストの患者になることだ。つまり本書は、セラピーを施す側だけでなく受ける側の視点からも書かれている。セラピストとしての著者は、患者たちが自身の心と向き合えるように力を尽くす。しかし患者の立場になると、セラピストに対して心を閉ざし、時に激しく抵抗する。プロのセラピストですらこうなのだから、自分の心を見つめることがいかに難しいかが分かる。そして、人間はそれを避けるために、ありとあらゆる手段を使う。極端な場合には「苦痛によって身を守る」ことすらあるのだ。

 著者のセラピストは、「取り組むだけの価値があることは、得てしてむずかしいものです」と言う。セラピストは患者の問題を解決する主体ではなく、問題に取り組むのも解決のために動くのも患者本人の仕事だ。セラピストが患者たちの遅々とした歩みに寄り添う中で得た知見の数々は、私にも当てはまるし、読んでいると勇気づけられる。折に触れて何度も読み返したい本だ。栗木さつき訳。

読売新聞
2023年6月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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