『ニューヨークのクライアントを魅了する 「もう一度会いたい」と思わせる会話術』
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「家づくり」が日本を豊かにする
[文] 新潮社
自分のやりたいことでなく
山口さんは著書の執筆のほか、企業の人材育成や組織作りのアドバイスも行っている
山口 僕は元々電通にいたんですが、杉山恒太郎さんという伝説的なクリエイティブディレクターがいました。彼が作った「サントリーローヤル」という高級ウイスキーのCMは、詩人のランボーや建築家のガウディについての高尚なナレーションと前衛的な映像で一度見たら忘れられません。一方で、小学館の学年誌の「ピカピカの一年生」や、「セブンイレブンいい気分」のCMも杉山さんです。彼がすごいのは、商品が売れたり、ブランドが愛されたりすることが何より重要で、自分が好きな表現をしたい気持ちが全くないこと。徹頭徹尾、どんな表現をすれば顧客とコミュニケーションがとれるのか、という仕事を職人としてやった。吉田さんも同じですよね。インテリアをデザインするだけでなく、相手の人生に意味を生み出している。自分が何を作りたいかではなく、「話をとことん聞いてあげて、クライアントのための唯一無二の空間を作る」ことをされています。そこがすごいなと。僕だったら自分のやりたいことが出てきてしまうと思うんです。
吉田 ひとりひとりの施主の話を聞いて形にするので、同じものはひとつもありません。だから、「○○スタイルで」と頼まれるのがいちばん困ります。
山口 僕は言っちゃいそう(笑)。
吉田 そういう方には「お話を伺った上で、デザインは私がご提案します。もし気に入っていただけたら、それがあなたのスタイルです」と伝えます。
山口 ただ、クライアントがよくない場合は、吉田さんの力を発揮できない可能性があるわけですよね。
吉田 そうなんです。デザインの枠を最初から決めてしまっていたり……。
山口 今、広告代理店って元気がないんです。代理店の人から「人材をどう育てたらいいか」とか、「クリエイティブディレクターのレベルを上げるにはどうしたらいいか」と相談されるんですけど、「あなたたちは勘違いしている」と言うんです。「代理店の能力のキャップはクライアント次第だから、クライアントを鍛えるべきだ」って。
吉田 まさに、それが真実なんです。「いい仕事には、いい仕事相手が必要」と本にも書きましたが、私はクライアントに育てられたとつくづく思います。
山口 例えば、どんなことでしょう?
吉田 インテリアデザイナーの仕事は、転居するとリセットされる面があります。その土地の人が何をどこで買って、どういう生活をしているか。どんなデザインや素材が好まれているのか。初心に還って学び直す必要があります。2005年に夫の仕事の都合でニュージャージー州に移った時、ショールームから紹介された仕事をクライアントに会わないまま引き受けたんです。プロジェクトが始まって1ヶ月くらいした時に、施主から「あなた、プロなのにこの土地について何も知らないでしょ」と言われてしまいました。
山口 これは、そう言える施主さんもすごいですよね。
吉田 その時にはじめてハッとして、今回の仕事は降りさせてくださいとお詫びしました。何も学ばないまま進めるわけにはいかない。あの時のクライアントの言葉は一言一句覚えています。
山口 すごく学びがある、成長につながる失敗ですね。僕は企業の人材育成や組織作りをやっていますが、いまの日本は失敗の粒が小さくなっています。吉田さんが経験したハンマーで殴られたみたいな失敗がなかなかできなくなっている。会社も上司も、ある意味、過保護に育てているんですね。吉田さんはホームランもデッドボールもあったかもしれませんが、打席に立つ密度は大事ですよね。
吉田 はい。失敗がないと成功はないと本当に思っています。その失敗をどう受け止めるかが大事だって。
山口 切り替えは早いタイプですか?
吉田 早い方だと思います。プロジェクトを10件くらい回していると、悩んでいる時間がないという面もあります。
山口 僕もよく「怒る、悩む、悔やむ、妬む、恨む」は「思考の五悪」だと言っています。悩んでいる時間って、生産性が低いんですよね。
サプライズがあるか
山口 アイデアには「驚きがある」か「驚きがない」かというヨコ軸と、「正しい」か「正しくない」かというタテ軸があります。何かをアウトプットする時には、「納得できるけど、つまらないよね」という、正しいけど驚きがない提案になりがちです。一方で、意外性のあることを言おうとすると、驚きはあるけど腹落ちしない。つまり正しくない提案になる。いちばんいいのは、「意表をつかれたけど、なるほど、そうきたか」という、驚きがあって、かつ正しいものですが、そんなアイデアを生み出すのは簡単じゃないし時間もかかる。吉田さんも「クライアントの期待の上をいく」ことを大切にしていると書いていましたが、そのためには相手の想定の外に出ないといけない。
吉田 おっしゃる通りです。正しいけど驚きがない、という提案ではリピーターになってもらえません。逆に驚きが強すぎると拒絶されてしまう。「サトミと仕事ができてよかった」と言ってもらえるように、ギリギリのバランスで驚きを入れるよう意識しています。
山口 僕も執筆していて「ここで終えれば、夕方5時にディナーにいける。でも、何かもうひとつ驚きが足りない」という時がある。僕自身は、驚きがないと嫌なので粘るし、思いつかなければ、夜、横になってからも考え続けますが、吉田さんはどんな思いで驚きを大切にしているんですか?
吉田 おそらく、ブランディングの意識が強いからだと思います。私が何かひとつ加えることで、誰かほかのデザイナーではなく、吉田恵美の仕事だというサインが記されると思うんです。
山口 ちょうどいま書いている本に驚きが足りないかな……と気になっていたんですが、吉田さんとお話しできて良かったです。驚きがあるものにするべきだし、その方が楽しいですからね。