「書店に本がなければ作家として存在していない」時代小説を牽引する作家が語った葛藤【梶よう子×中島要対談】

対談・鼎談

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こぼれ桜 摺師安次郎人情暦

『こぼれ桜 摺師安次郎人情暦』

著者
梶よう子 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758414456
発売日
2023/08/02
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

梶よう子の世界

[文] 角川春樹事務所


梶よう子

 フリーライターを経て、2008年に松本清張賞を受賞し、『一朝の夢』で作家デビュー後、『ヨイ豊』や『北斎まんだら』『空を駆ける』『我、鉄路を拓かん』などを刊行している梶よう子さんが、デビュー15周年を迎えた。

 浮世絵師・歌川広重の半生を描いた時代小説『広重ぶるう』の注目度も高く、2024年3月後半には阿部サダヲと優香出演でドラマ化されるなど、時代小説家として第一線で活躍を続けている。

 また、人気シリーズも手掛けており、最新作の『こぼれ桜』で3作目となる「摺師安次郎人情暦」シリーズはそのうちの一つとなる。

 その15年に及ぶ作家活動を見てきたのが、デビューの年こそ違うがほぼ同年を作家として活動し、着物始末暦や大江戸少女カゲキ団シリーズを手掛けている中島要さんだ。

 プライベートでも親交が深い二人に、梶さんの著作『こぼれ桜』をトピックの一つとして、作家としての葛藤や時代小説への想いなどを伺った。

◆刊行の間があるからこそ、変化を感じるシリーズ

――お二人は日頃から親交を重ね、お話される機会も多いと伺っています。

梶よう子(以下、梶):そうですね。でもこの数年はそうした時間が作れなかったので、会うのは本当に久しぶりです。いつもは仕事の話なんてしないから、今日はどうなるやら(笑)。

中島要(以下、中島):私もすごく楽しみにしてました。でね、このシリーズも第一作から読み返してきましたよ。

梶:うわ! 忙しいのにありがとう。

中島:最初の『いろあわせ』の奥付を見たら初版刊行が二〇一〇年とあって。『こぼれ桜』が三作目ということだけど、時間掛かってるね(笑)。

梶:……だよね。なんでこんなに時間掛かったのか、私もわからない(苦笑)。もともとシリーズになるのかもわからなかったし。

中島:だからというわけではないのだろうけど、すごく変化を感じました。特に二作目の『父子ゆえ』で、そうか、そういうことかと。梶さんには『ヨイ豊』はじめ、『北斎まんだら』『広重ぶるう』と十八番とも言えるような浮世絵師の作品があるけれど、浮世絵というこれまでと同じ題材でありながら、一歩踏み込んで描こうとしているんだなと。

梶:一作目は摺師が書きたいという思いが強かったんだよね。摺りとはどういうものなのか知って欲しかったから技術的な描写が多くなり、私としてもかなり実験的だったと思う。

中島:それがすごく良かったと思う。摺師という視点が梶さんっぽいし。

梶:私、ロックが好きでしょ?

中島:はいはい。

梶:バンドって、メインはボーカルだし、花形のギタリストもいる。だけど、ベースとドラムのリズム体が肝心なのね。彼らが正確にリズムを刻まないと全体がめちゃくちゃになってしまう。摺師はドラムやベースの役割なんだよね。だから、気になるし、好きなの。

中島:根っこの部分を支えている存在よね。それに、職人なわけでしょ、アーティストじゃなく。そのへんがグッとくる。

――中島さんも「着物始末暦」シリーズで余一という職人を描かれてますね。

中島:職人はね、書きたくなるんです。でも、うまく書けるかどうかはわからない。

梶:激しく同意します。誰にも気づかれないようなことにこだわったり、矜持を持って仕事をしている姿がものすごく魅力的なんです。では、その魅力をきちんと伝えられるのか。カッコよく書けるのか。そこは不安でもある。その点、余一さんは仕事師としても本当にカッコよかった。うちの安次郎はイケメンだとすることでカッコよさを補っているわけですよ。

中島:いやいや。正確無比にやり遂げる、そんな職人のプライドに満ちてます。ただ、私としては、人としての安次郎に興味があったから、叔父との関係が気になっていた。かつて安次郎を亡き者と見なした叔父を許すのか許さないのか、どっちもあるわけでしょ。安次郎はどう考えるのか。つまり梶さんはどう決着をつけようとしているのか。『こぼれ桜』を読ませていただいて、なるほどと。

梶:決着ということでは一応つけたことにはなるんだけど、ちょっと曖昧なところもあるのかなぁ。

中島:他人なら、仲違いしたら、はいさようならでいいけれど、血縁ってこじれてもそう簡単に断ち切れないから、葛藤を抱えることになる。私も今、家族を題材に書くことが比較的多いので、改めて家族、血族ってやっかいだなと。

梶:その難しさはいつも実感する。

中島:誰かを悪役にしてしまえれば簡単なんだろうね。でも、梶さんの作品ってすっごい悪役って出てこないでしょ。

梶:それは私の中での課題。一時ね、圧倒的な悪役を書いてみたいと、誰かれ構わず言っていたときがあるのよ。でも、書けない……。

中島:書きたいと思うのと、それが書けるかというのはまた別なのよね。私も救いようのない、ずぶずぶの話を書きたいと思うんだけど。

梶:あー、思う!

中島:やっぱり? 書き手としては楽しいんじゃないかと思ってしまうの。でも、それって読んで楽しいの? とも思うのね。

梶:現実にはあることなんだけどね。

中島:そう。だからこそ、せめてフィクションくらいは救われたいということがあるでしょ?

梶:まさにそれ。書き手としての自己矛盾を抱え、いつもそのせめぎ合いの中で足掻いている感じ。あと、こんなこともない? 自分ではそういうつもりで立てたキャラではないのに、話が進んでいくうちに、まったく想像しなかった方向に行ってしまう。あれってなんなんだろう(笑)。

中島:わかる。右に曲がっていただかないと困りますってところで、まっすぐ行ってしまって。結果、どうすればいいのと。

梶:かと思えば、最初はモブでしかなかったのに、ストーリー上で意外と使い勝手がいいという人物もいて、どんどん前に出てくるの。このシリーズの彫師の伊之助がまさにそう。

中島:確かに。二作目、三作目と役割が増している。

梶:最初からめちゃくちゃ使い勝手がいい直さんもいるけど。安さんがしゃべらないし、動かないから、そういう役回りなんだよね。

中島:これって舞台が神田明神下じゃないですか。明神下と言ったら「銭形平次」。銭形平次といえば「親分、てぇへんだ!」でしょ。だからね、直さんが八五郎に思えてしょうがない(笑)。

梶:あはは。でも実際、直さんは岡っ引きのお手伝いもしているから、まさに八五郎。と考えると、安さんが平次親分になるわけだ。


中島要

◆なぜ二人は時代小説を執筆するようになったのか

――中島さんは時代劇の影響で時代小説を書かれるようになったのですか?

中島:私の入り口は落語なんです。寄席で「なんでぇ」「べらぼうめ」とか聞いていて、気が付くと書いていた。ただ、両親が時代劇をすごく好きだったから、土曜日の夜八時、みんながドリフを見ているときに、うちは「暴れん坊将軍」で。

梶:私も見ていた。あの作品は歴史的な背景もちゃんとしていたから、吉宗さんを通して歴史に興味を持ったところもあるのよね。

中島:いろんな時代劇を見て歴史は繰り返しているんだなと思ったけど、書くようになって改めて実感している。麻疹が流行ったとか、天候不順で大水が出たとか書いていると、現実でもコロナが流行ったり、線状降水帯で大雨は降るしで、江戸時代と変わらないじゃないのと。

梶:年表を見ながらこんなことがあったのか、使えそうだなとか考えていると、あれ、この流れって今と同じだと気づくことも多い。だから、現代を力技で江戸時代に押し込んでいるわけではないんだよね。

中島:そんなときにふと思うのが、では私たちはどれくらい変わっているんだろうかということ。確かに生活スタイルとか科学技術は大きく変わっている。だけど、惚れた腫れたの感情、人の気持ちのあり様はそんなに変わっていないんじゃないかと思うの。

梶:現代人は複雑だと言われているけど、表層の部分を除けたときに見える人間の本性とか本能という部分はあまり変わってないと私も思う。そして、それをストレートに書けるとすれば時代物なんだろうなぁ。

中島:現代の小説だと、そこに自分を重ね合わせてしまい、素直に読めないというのがあるよね。そんなうまい話はないよとか、実際はもっと大変なんだとなりがちだから。

――そうした普遍性が時代小説の変わることのない魅力と言えるでしょうか。

中島:どうだろう。時代小説を読む読者がこの先、何を期待して読むかですよね。

梶:うん、そこが難しいところ。私は、根っこの部分で、人というものを書いていきたいと思っているので、その人が物事を通じて、どう変わっていくのかということに興味がある。現代人の要素をバンバン取り入れたら、もしかしたら新しい時代小説になるのかもしれないけど。これまでにもSF的な要素を取り入れた作品はあるけれど、それも時代小説のベースがあってのもの。そこが崩されてしまうのは、ちょっと違うなと思ってます。

中島:時代小説の定義は難しいけれど、私が大切にしたいなと思っているのは、例えば、階段などを上がるとき、着物の裾を踏まないようにわりと大胆に登るんですよ。そうした足運びみたいなところはきちんと書きたい。読者はあまり興味がないだろうとは思うけど。

梶:そういう細部こそが江戸時代を書く上でのリアリティにもなってくるし、読む人にもちゃんと伝わってると思う。

――では最後に、これからの執筆活動への想いなどお聞かせください。

中島:人のつながり、絆とはなんだろうかと心に留めながらこれまで書いてきました。個人的なことですが、近年は父が亡くなり、その後は母の介護があったりと家族と向き合う時間が多くなっていたので、必然的に家族というものが作品の大きなテーマになっていました。でもこれからは少しずつ書くものを変えていきたい。いままで二の足を踏んでいたテーマにも挑戦したいと思っています。

梶:デビューして間もない頃、「書店に本がなければ作家として存在していない」と言われました。「ひゃーっ!」と思ったけれど(笑)、それはつまり、継続していかなければいけないということであり、以来肝に銘じてもきました。その難しさを実感することは何度もあります。でも言えるとすれば、書くことが好きだから今日までやってこられたということ。これからも書き続けていくだけです。

 ***

【著者紹介】
梶よう子(かじ・ようこ)
東京都生まれ。2005年「い草の花」で九州さが大衆文学賞大賞を受賞。08年「一朝の夢」で松本清張賞を受賞。15年『ヨイ豊』で直木賞候補、16年同作で歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。23年『広重ぶるう』で新田次郎文学賞を受賞。著書に「摺師安次郎人情暦」「御薬園同心水上草介」「みとや・お瑛仕入帖」「とむらい屋颯太」シリーズ、『空を駆ける』『我、鉄路を拓かん』『三年長屋』『焼け野の雉』など多数。

【聞き手紹介】
中島要(なかじま・かなめ)
2008年に「素見」で第2回小説宝石新人賞を受賞。10年『刀圭』でデビュー。「着物始末暦」シリーズの他、『ないたカラス』『御徒の女』『神奈川宿 雷屋』『吉原と外』『誰に似たのか 筆墨問屋白井屋の人々』など著作多数。

構成:石井美由貴/写真:島袋智子

角川春樹事務所 ランティエ
2023年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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