六人の仲間に、人ならざる「アレ」が潜んでいる――戦慄のホラーミステリ!――『やまのめの六人』原浩 文庫巻末解説【解説:香山二三郎】

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

やまのめの六人

『やまのめの六人』

著者
原 浩 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041144022
発売日
2023/12/22
価格
858円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

六人の仲間に、人ならざる「アレ」が潜んでいる――戦慄のホラーミステリ!――『やまのめの六人』原浩 文庫巻末解説【解説:香山二三郎】

[レビュアー] カドブン

■横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作家が放つ、新たなる恐怖と謎。
『やまのめの六人』原 浩

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

六人の仲間に、人ならざる「アレ」が潜んでいる――戦慄のホラーミステリ!――...
六人の仲間に、人ならざる「アレ」が潜んでいる――戦慄のホラーミステリ!――…

■『やまのめの六人』文庫巻末解説

解説
香山二三郎  

 アメリカのアリゾナ州フェニックスの不動産会社に勤めるOLが、ある日会社の金を横領して逃避行を始める。車を駆って恋人の住むカリフォルニアを目指すのだが、夜になって土砂降りの雨に祟られ、やむを得ず町外れの寂れたモーテルに泊まることに。その晩、宿を営む青年に誘われ夕食を共にした後、彼女は部屋に戻ってシャワーを浴びるが、そこに侵入してきた女に襲われめった刺しにされてしまうのだった……。

 というのは、アメリカのモダンホラーの第一人者ロバート・ブロックの原作をアルフレッド・ヒッチコックが監督した映画「サイコ」(一九六〇)の出だしである。それまで横領犯罪をやらかした女の行方を見守っていた観客は突如として起きる惨劇に文字通り度肝を抜かれるわけで、「サイコ」はこの手のショッカー映画の手本として後世に多大な影響を与えることになる。

 本書もまずは、そうした「サイコ」系ホラーサスペンスの一冊として幕を開ける。

 土砂降りの雨の中、山奥の峠で車が横転する。乗っていた六人の黒スーツの男たちは瀕死のありさまであった。いや、車の下敷きになって死んだ者一名。季節外れの台風直下、最適のルートとしてあえて〝魔の峠〟と呼ばれる道を選んだ天罰が下ったか、土砂崩れに直撃されたのだ。幸い、近所に住む金崎家の兄弟が様子を見に来たといい、救いの手を差しのべてくる。生き残った灰原、紫垣、紺野、緋村、山吹の五人は兄弟とその母が住む金崎家に避難するが、出された珈琲を飲むや、やがて五人は次々と倒れる。兄弟の態度も豹変、自分の許可なく口を開くなと恫喝し、緋村が口答えすると、テーブルに突っ伏していた巨漢の紫垣の首を包丁で突いた。金崎兄は五人を縛り付けると、強欲な人間は代償を払わなければならないと宣告する。

 映画「サイコ」と一味異なるのは、事故の現場近くに〝おんめんさま〟という道祖神が祀られていて、金崎兄はどうやらその教えに従っているようであることだ。つまり「街の人間は古来あらゆるものを山の人間から奪ってきた(中略)。おんめんさまは強欲な簒奪者に抗うことを望まれている。己の分際をわきまえぬ街の人間どもへの報復。その権利をこの家に与えられた」という次第。のちに歴史の蘊蓄にうるさい紺野は、山奥に住み旅人を襲う山姥伝説を持ち出し、これを補強する。紺野はさらに自分たちが何者かに化かされているのではないかという事態に直面すると、〝やまのめ〟という物の怪の話を持ち出す。「人に紛れて脅かし、怯えた人間を食っちまう物の怪」とのことで、おんめんさま=やまのめなのかは定かではないが、とまれ本書は中盤からはただの「サイコ」系ではなく、ホラージャパネスク色をも一段と強めていくのである。

「サイコ」と異なるもう一つは、山姥一家の獲物になる五人がただの男たちではないことだ。「サイコ」のヒロインと同様、逃亡者ではあるのだが、こちらは武装もしている強奪犯。ただ黙ってやられているだけではむろんすまない。隙を見つけてはいつでも反撃に出る用意があるわけで、事実一家は痛い目にあうことになる。もっとも犯罪者は犯罪者、五人組はそれぞれ内に闇を抱えており、そこを物の怪につかれることにもなる。タフガイの紫垣とて例外ではなく、絵に描いたような無法者の彼も家族を失っており、その痛手にトラウマを疼かせていて、それがやがて暴走のトリガーとなるのだ。

 かくして、彼らの内なるトラウマや欲望は内輪揉めへとリンクしていく。物語の後半は山姥一家も交えて、五人が奪ってきたものの争奪戦が繰り広げられる。五人の反撃を喰らい、いったんは逃げ出した金崎母子だが、こいつらもただ尻尾を巻いて逃げ出すようなタマではない。五人が仲間割れをしている隙をついて、報復に出てくるのである。

 そこでポイントは、六人いた強奪犯が実はもともと五人ではなかったかということ。いつの間にか一人増えていたのだ。その一人は〝やまのめ〟なのか。そして〝やまのめ〟だとすると、いったい誰に化けているのか。終盤、二転三転する〝やまのめ〟探し。果たして誰と誰が生き残るのか、壮絶なサバイバル戦が繰り広げられる一方で、著者が仕掛けたこのフーダニット(犯人探し)のバリエーションもまた、「サイコ」にはない妙味というべきか。

 本書『やまのめの六人』は長篇『火喰鳥を、喰う』で第四〇回横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞、作家デビューした著者の長篇第二作に当たる。前作は信州の旧家で起きる、太平洋戦争で戦死した大伯父のドラマを軸にしたスーパーナチュラルな怪異劇であったが、今回は「サイコ」系を初っ端に、クライムノベルのタッチと本格ミステリーの趣向まで盛り込んだキレッキレのモダンホラーに仕上がっている。前作以上のスピードでラストまで一気に読めるノンストップ・エンタテインメントといえよう。

 なお、長篇第三作『蜘蛛の牢より落つるもの』(KADOKAWA)も二〇二三年九月に刊行済み。比丘尼伝説の残る村で二一年前に起きた集団生き埋め死事件。事件後ダム湖の底に沈んでいたその村が水不足で干上がったところをライターが取材にいくが、やがて事件が……。『火喰鳥を、喰う』のあの人物が再登場します!

KADOKAWA カドブン
2024年01月13日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク