「私には母性が足りないのか」初の育児で嗚咽が止まらなくなった山口真由さんに“どんな育児書より”響いた一冊

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メンタル脳

『メンタル脳』

著者
アンデシュ・ハンセン [著]/マッツ・ヴェンブラード [著]/久山葉子 [訳]
出版社
新潮社
ISBN
9784106110245
発売日
2024/01/17
価格
1,100円(税込)

「私には母性が足りないのか」初の育児で嗚咽が止まらなくなった山口真由さんに“どんな育児書より”響いた一冊

[レビュアー] 山口真由(ニューヨーク州弁護士)

■原始の本能とうまく付き合うために

そう、この脳の“誤解”がいまや人々をさいなんでいる。容易に命を脅かされた時代の強烈な防御本能は、現代社会では強すぎる不安やパニック発作を引き起こしているのだ。本書によれば「歴史の99.9%の時間」、2人に1人が10代になる前に死ぬ世界を人類は生き抜いてきたのだ。生存のための闘争から解放された余力がありあまるはずなのに、なぜ私たちの精神状態はよくなっていかないのだろう。ふと、自分と子どもを文字通り命がけで守っただろう太古の母に思いを馳せる。いまパーフェクトマザーシンドロームにさいなまれる私はあの頃より逞しくなったのだろうか。いやむしろ脆くなった気がする。うーむ……。

思い悩んで筆が止まったところでスニーカーの紐をぎゅっと結んで外に出た。気づけば保育園のお迎えの時間が迫っていたからだ。ダッシュしながら足裏に感じる大地の確かな反発に悩みが軽くなっていくのを感じる。運動がストレスを軽減する理由を本書は脳のメカニズムから解き明かす。その内容は本書に譲るが、だいじょうぶだ、動いているうちはきっとだいじょうぶだという、この野性的な感覚には科学的な根拠がある。

そして走りながら思った。ともかく「知は力」に違いない。太古の昔に大地を駆け抜けた祖先たちと比べて「私たちの脳自体は同じ場所で足踏みをしたまま」らしい。でも「脳の研究は猛スピードで進んでいる」という。そう脳の仕組みを少しずつ解き明かしながらその知を次世代を超えて継承し、私たちは確かに前に進んできた。つまり脳は同じでも中に詰め込まれている知識は変わったのだ。この感情を制御することはできなくても理解しようと努めることはできる。脳にプログラミングされた原始の本能とうまく付き合うには、それを理解したいと願う現代の知性――本書で提供される知識――がきっと役立ってくれるに違いない。

新潮社
2024年1月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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