『死者たちへの捧(ささ)げもの』安藤礼二著

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死者たちへの捧げもの

『死者たちへの捧げもの』

著者
安藤礼二 [著]
出版社
青土社
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784791776078
発売日
2023/12/25
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『死者たちへの捧(ささ)げもの』安藤礼二著

[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)

作家評論 折口思想透かし

 著者はデビュー以来、折口信夫について論じ続けてきた批評家である。2014年の大著『折口信夫』のなかで著者は、「大嘗祭(だいじょうさい)の本義」を始めとする折口の天皇論をこうまとめている。「近代的な天皇制を、前近代的であるとともに超近代的でもある〈野生の天皇制〉へと解体し、再構築してしまうこと。すなわち、天皇を『脱構築』してしまうこと」。そしてこの構想は、フレイザー『金枝篇』やモース「呪術論」など、霊的な力を探究する民族学の視点に拠(よ)っていると指摘した。

 本書は大江健三郎から磯崎新まで、近年物故した作家たちを論ずる評論集だが、彼らの背後に一貫して折口の思想が透かし見られ、それが著者自身の行論の支えにもなっているのが特徴だ。中上健次も古井由吉も、発生状態を注視する折口の思想を導きの糸としていたようだ。磯崎に至っては、折口と井筒俊彦の思想が建築プロジェクトに昇華されるのをサポートしたのは著者自身だ。そのために行われたイランへの旅の描写は圧巻だ。

 しかし、問題提起において圧倒的なのは間違いなく、大江健三郎と三島由紀夫をめぐる冒頭2章、および、大江と村上春樹をめぐる終章である。著者は、一見対照的に思われる三島と大江の天皇観の意外な関係性を暴き出す。「政治少年死す」(1961年)における右翼少年の「純粋天皇」崇拝は、単に切り捨てるべき愚行として描かれたのではなく、大江自身が取り憑(つ)かれていた想念だった。この想念を介して大江と三島は交錯する。そして三島の自死によって、大江は三島に呪縛されつつ別の方向へ歩み始める。そこで支えとなったのが、三島が抗(あらが)った折口の思想だった。著者は、大江と三島の対立の象徴となる1968年を起点として、以降の日本文学史を描き直してみせる。

 終章では、その後にやって来る村上と大江の関係が、三島と大江の関係の反転として論じられる。大江の『水死』と村上の『1Q84』が共にフレイザー『金枝篇』の王殺しの場面を引用しており、共に折口の思想を反復しているという指摘は説得的だった。(青土社、2640円)

読売新聞
2024年4月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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