『颯の太刀』
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[本の森 歴史・時代]筑前助広『颯の太刀』
[レビュアー] 田口幹人(書店人)
筑前助広という期待の書き手をご存じだろうか。氏は、2020年に「それは、欲望という名の海」でアルファポリス「第6回歴史・時代小説大賞」特別賞を受賞した。受賞作を改題した『谷中の用心棒 萩尾大楽 阿芙蓉抜け荷始末』(アルファポリス文庫)でデビューした新人作家である。
『谷中の用心棒』は、谷中で用心棒稼業を営み、閻羅遮と畏れられた萩尾大楽が、家督を譲った弟が脱藩した事情を探る過程で、阿芙蓉(アヘン)の密輸を巡る江戸と故郷との黒い繫がりを暴く物語である。スケールの大きな話だが、大味にならなかったのはキャラクターの造形が素晴らしかったからだろう。登場人物の物語におけるポジションが綿密に積み上げられており、容姿や経歴などの外面的造形だけではなく、内面的造形が秀逸だった。
そんな氏の最新作『颯の太刀』(KADOKAWA)は、自らの太刀を武器に、強力な剣客たちに立ち向かう武士の成長を描いた江戸の青春剣劇である。
主人公である筧求馬は、大身旗本である芳賀家の血筋だった。しかし正室の下女だった母は、側室にもなれない身分であったことから、懐妊しても里に戻され求馬を産んですぐに死んでしまう。天涯孤独となった求馬は、剣鬼と恐れられていた三蔵の養子として育てられた。
本書は、求馬の元服の儀を締めくくる旅での忘れがたい屈辱からはじまる。失意の中で、実祖父から受け取った言葉を守り、鍛え育ててくれた養父の背中を追い続けるも、門人の集まらない道場経営は厳しく、もがく日々の中で、心から守りたいと思う娘・茉名に出会う。そこから、求馬の人生が動き出す。
真剣による斬り合いを通じて成長する求馬。また、常州蓮台寺藩の姫で、八代将軍徳川吉宗の血を引いている茉名も、はじめての藩入りに道中で垣間見た民の姿に触れ、二人は為政者とは何たるかについて学びを深めていく。そして茉名は悪政に苦しむ民を救う覚悟を、求馬は茉名を守り抜く覚悟を決めるのだ。
本書は、そんな二人の成長譚であるのだが、我々が生きる現代社会に対するメッセージもちりばめられている。
「人の評価というものは、他人の伝聞や見てくれ、最初の印象で決めるものではなく、ちゃんと向き合って自分の心で下すべきものだ」という一文がある。
SNSなどが発達し、短文や伝聞などを通じ簡単にレッテルが貼られてしまう時代において、忘れてはいけないことだろう。
さらに「民の安寧を守ること。豊かにすること。少なくとも、危険に怯えず、笑って生きていける、そうした環境を作ることが藩を率いる者の使命かと」という一文があった。
為政者を選べる時代に生きる我々だからこそ、この言葉をしっかりと心に刻みたい。