「あの業務私がやっとくね」に「ありがとう」と言ったら同僚が落胆…この体験をきっかけにミステリ作品を描いた作者が語った「言葉の可能性」

インタビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

言葉は君を傷つけない

『言葉は君を傷つけない』

著者
夏凪 空 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575527094
発売日
2023/11/15
価格
825円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「今の世の中はもはや、どんな言葉を使っても誰かを傷つける可能性があるのかもしれない」SNSの隆盛に着想を得た特殊能力ミステリー 『言葉は君を傷つけない』夏凪空インタビュー

[文] 双葉社


ちょっとしたすれ違いが生むトラブルが多い(画像はイメージ)

 SNSが発達し、気軽に見知らぬ人と交流が出来るようになった一方、言葉の受け取り方の違いでトラブルも多く起きるようになった昨今。『言葉は君を傷つけない』は、人が「いちばん言われたい言葉」と「いちばん言われたくない言葉」が分かる特殊能力を持った兄弟が、能力を使って事件を解決していくバディミステリーだ。

 著者の夏凪空さんに、作品を通じて描きたかった言葉の可能性について語ってもらった。

■SNSに限らず、実生活でも言葉を慎重に選ぶことが求められるようになってきている

──人から言われたい言葉と言われたくない言葉が分かる特殊能力を持った兄弟を主人公とした今回の作品ですが、執筆のきっかけとなった出来事などはありますか?

夏凪空(以下=夏凪):日常生活の中で「人の表情をよく見ていると、その人の言われたい言葉がわかるかもしれない」と思ったことがきっかけでした。私は会社勤めをしているのですが、あるとき、同僚が「あの業務私がやっとくね」と声をかけてきたんです。深く考えず「ありがとう」と返事をした瞬間、彼女は期待が外れたような顔をしました。たぶん彼女は感謝されるのではなく、「無理しないで。私がやるよ」という言葉の方を望んでいたのかな……と色々考えました。

 そこから「人と目を合わせると、相手の言われたい言葉がわかる」能力を持つ主人公を思いつき、どうせなら対になる能力も登場させてバディものにしてみようと構想を膨らませていきました。

──心を読める兄弟の能力を描くにあたり、執筆で注意したことや、特に苦労したことなどはありますか?

夏凪:兄弟は能力を使って相手の心を読むことができますが、心の全てを把握できるわけではありません。知ることができるのはあくまで相手の「言われたい言葉」と「言われたくない言葉」だけであり、どうしてその言葉を言われたいのか、あるいは言われたくないのかについては、背景や状況から推理しなければなりません。

 例えば、作中には「人気者だね」とか「リーダー的存在だね」といった言葉を言われたくない人物達も登場します。一般的には喜ばれそうな言葉なのに、どうして彼らはそれを嫌がるのか。兄弟が真相に迫っていく過程を考えるのは楽しくもあり、難しくもありました。

──昨今はSNSの隆盛によって、より気軽に多くの人と言葉を交わすことが出来るようになりました。そんな世の中で、言葉の価値はどう変化したと感じますか?

夏凪:発する側は、より慎重に言葉を選ぶことが求められるようになったと思います。実生活での顔見知りとの会話では許されるような言葉であっても、ネット上では見知らぬ誰かの怒りに触れ、炎上に繋がりかねません。例えば、周りから天然ボケだと認識されている人が少々ズレた発言をしてしまっても、日頃付き合いのある人達は「あの人のことだから仕方ないね」と笑って済ませることも多いでしょう。彼らはその人の人となりを知っているので、発言に悪意はないと判断できるからです。

 一方で、SNSでは発信者をよく知らない人達も閲覧するため、発信された言葉だけを見て傷ついたり怒ったりといったことが頻繁に起こり得ます。そのような言葉のやりとりが日常的に行われるようになった結果、SNSに限らず、実生活でも言葉を慎重に選ぶことが求められるようになってきているように感じます。

──確かに「これでトラブルになるの」と思うような言葉のすれ違いも多く目にするようになったように感じます。

夏凪:今の世の中はもはや、どんな言葉を使っても誰かを傷つける可能性があるのかもしれないと、この作品を書きながら考えました。ですが、人と人が関係を築くためには言葉を使うしかありません。傷つけるリスクを受け容れつつ、勇気を出して自分の想いを言葉にしたときに、人と心を通わせられるのだと思います。

 この作品の主人公は自分の言葉で人を傷つけることを恐れ、人との関わりを避けることを望んでいるのですが、作中で起きる様々な出来事を通して徐々に考え方が変わっていきます。エピローグの最後の一文と、担当編集さんが改良してくれたタイトルがとても気に入っています。ぜひ最後まで、言葉に対する主人公の心情の変化を追ってもらえればと思います。

──前作は性別が徐々に変化していく架空の病を通じて男女の差違、今回は正反対の心が読める兄弟を通じて言葉の持つ力と社会的なテーマに挑みましたが、今後書いてみたいテーマなどはありますか。

夏凪:書きたい題材はいくつかありまして、いずれも広い意味では「人との関わり方」をテーマにしたものばかりです。また、すぐにというわけではないのですが、いつか恋愛をメインテーマにした作品を書いてみたいとも思っています。これまで発表した作品にも恋愛要素はありますが、デビュー前の新人賞に応募していた頃も含めて、恋愛を真正面から描いたことはまだ一度もないので。

 ***

夏凪空(なつなぎ・そら)プロフィール
2022年『虹のような染色体』にて第5回双葉文庫ルーキー大賞を受賞しデビュー。斬新な設定に意欲的に挑戦する一方で、繊細な人物描写には定評があり、読者の支持も厚い。

COLORFUL
2023年11月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク