「科学の勉強なんて、社会に出ても役に立たないのに」どうしたら理科好きの子どもに育てられるの? 東京理科大教授とSTEAM教育の専門家に聞いた
インタビュー
『かがくでなぞとき どうわのふしぎ50』
- 著者
- 川村 康文 [著]/小林 尚美 [著]/北川 チハル [著]
- 出版社
- 株式会社 世界文化社
- ジャンル
- 社会科学/教育
- ISBN
- 9784418248018
- 発売日
- 2024/03/18
- 価格
- 2,200円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
「科学の勉強なんて、社会に出ても役に立たないのに」どうしたら理科好きの子どもに育てられるの? 東京理科大教授とSTEAM教育の専門家に聞いた
[文] 世界文化社
五感を使い喜びを体験する中で、新しい疑問や発見が見つかる。(写真:アゼリー学園)
自ら課題を見つけて考える、科学的思考力が重視される今、理数科目に苦手意識がある保護者の方は「どうやって子どもに教えたらいいんだろう」と悩むこともあるでしょう。
学習量や難易度が上がるにつれ、理科や物理、化学といった科目が苦手になる傾向にありますが、少しでも科学に親しんでもらい、探究心を養うにはどういった方法があるのでしょうか?
科学教育を専門に、幼児から大学生まで幅広くSTEAM教育教室を開催している東京理科大学の川村康文先生と小林尚美先生は、“童話”から科学の視点を養うことがよいきっかけになるといいます。
例えば、「うんとこしょ、どっこいしょ」というリズミカルな掛け声が印象的な「おおきなかぶ」では、おじいさんやおばあさん、孫娘の3人のほか、犬や猫が協力してかぶを引き抜きます。では、いったいかぶはどれくらい大きく、どれくらい重いのか?
その他にも、空まで続く豆の木に登って巨人に出会う「ジャックと豆の木」のつるは、富士山より高いのか? 低いのか? かけっこの勝負を描いた「うさぎとカメ」は、どのくらい差があったのか?
このように童話の中には、理科や算数、アートといった、分野をこえた学びにつながる不思議がたくさんあります。
幼児期から科学に親しんでもらい、子どもの探究心を育てることを目指した『かがくでなぞとき どうわのふしぎ50』(世界文化社)を3月に刊行したばかりの先生お二人に、家庭でできる理科教育のポイントを教えて頂きました。
■日常生活に出てくる物事を結びつけて伝える
絵本のように触れる機会が多いと、子どもの興味が深まりやすい。
――子どもたちに科学に親しんでもらうために、幼児期からできることは何でしょうか?
小林 私は、自分の園長経験から、物語や日常生活の中に、さまざまな科学的な視点があると伝えるのが、効果的だと考えています。
そのために、子どもたちには、いろいろなことを結びつけて伝えることを意識していました。子どもたちはそこから、自らふしぎを見つけたり、知りたい意欲が湧くと感じることが多かったです。
たとえば、ひな祭りなど年間行事を行うときは、導入に絵本を読んでいました。生活発表会では、ブレーメンの音楽隊のような童話を読んで、音楽でこんなのを演奏してみよう、などですね。
子どもの反応も、たとえば「大きなカブ」のお話を読んだ後、給食にカブが出ると「あの野菜だ!」と結びつけたり、散歩中に桜を見ると、子どもから「『花咲かじいさん』のお話にも出ていたよね」と尋ねられることもありました。
とくに、子ども時代に触れる機会が多い絵本、童話を入口にするのは、科学の視点を養うのにも、とてもよいきっかけになると思います。
幼少期にだれもが触れる童話にも、科学的なふしぎがたくさんある。
■理科の勉強はなぜ必要?
――成長につれ、理科や、物理・化学といった科目が苦手になる子が増える印象です。
川村 小学生で学ぶ理科の学習内容の好き嫌いについて、「理系男子」「理系女子」「文系男子」「文系女子」で分けて取ったデータがあります。
それを見ると、僕は、小学校の間は基本的にはいわゆる理科離れはないと、とらえています。でも、6年生くらいから、文系女子が「力」「電気・電流」など、物理の範囲から、嫌い・わからない……となります。中学生になって学習量や難易度が上がり、不得意になるとそのまま、という面はあるかもしれません。
――「科学の勉強なんて、社会に出ても役に立たないのに」と、思う子も多そうです。極端なことをいえば、不得意は不得意のままでもいいんじゃないかと。
川村 どうして私たちは科学を学ぶ必要があるのか、というと、今後、さらに高度科学技術社会になっていくからです。そのとき、基礎的な知識はやはり必要不可欠です。
たとえば、エネルギー問題や環境問題では、同じデータについてある研究者は「環境破壊だ」といい、別の研究者は「環境は守られている」と異なる主張をしたときに、その事例について、その根拠となる知識がしっかりしていないと、主体的な判断が下させないで終わってしまうかもしれません。
情報過多な社会の中で、判断できないこともあるかもしれませんが、最終的な決定は自己責任です。でも人は、自分の持っている知識の範囲内でしか決定できません。ですから、科学の知識を身につけることは大切、しかも、正確な知識、偏らず中立的である必要があります。
ただ、それはやはり、けっこう高度なことです。そのステップを踏むためには、中学・高校で学ぶ理科の内容を、ある程度理解していなければなりません。でも、それができないと、たんに傍観者となり、「テレビで誰かがいいことを言っていると信じるだけの人」になってしまうリスクがあります。
自分で責任ある判断ができる人間になるためにも、子どもたちには、義務教育で学ぶ内容は大事にしてほしいと思っています。
とはいえ、ロボットに知識を埋め込んでいくような、そのプログラム書き込んでいくような教育をしなければならないわけではありません。
人間同士の活動なので、お互いのコミュニケーションを成立させることが大事だし、コミュニケーションが成立した結果としての「知識の共有」も大事です。そう無理に覚えろ、ということではないはずです。
STEAM教育実験教室を通じて幼少期から科学に親しむ。(写真:アゼリー学園)
■「科学」は理系だけのものではない
川村 昔から語り継がれてきた童話を読むことは、人間の心を知ることにつながっていると思います。
たとえば「ツルのおんがえし」では、「のぞかないで」と言ったツルを、おばあさんがのぞいてしまいます。では、どうしておばあさんはのぞいてしまったのか。子どもたちには、その心理をちょっと深掘りしてほしいのです。
その物語がどうしてそんな展開になるのか、何かしら理由があるんですよ。歴史や人間の葛藤などが関わっているんじゃないかと思ったりするのです。
「科学」は、けっして理系だけのものではない、科学イコール理系ではないのです。人間や社会全体を見て、人間や社会の動きを心理学という科学の目で見ることも大切です。そして、物語の登場人物の心理なんかも、科学的に読み解いてほしいんですね。
小林 同じひとつの話でも、感じることってみんな違いますよね。私は音楽が好きなのでよく思うんですけど、同じ曲でも、指揮者や演奏家によって全く変わるのと同じで、それと同じような要素が、童話にはあると思うんです。
まずは、子どもたちそれぞれの心のままに、五感をつかって読んでほしいです。そこから、川村先生がいうように、「なぜ?」「どうして?」を広げていって、人文・社会科学から理科の科学にもつながってほしいと思います。
川村 そうですね。たとえば交通渋滞について、最初は何か坂や横断歩道などの物理的要因があって、それぞれの人のブレーキのタイミングが違って、気づけば大渋滞! みたいな話も、科学の目でひも解けば、数学や物理学、心理学が背景にあります。
童話を読んで「なぜ?」「どうして?」と思うことは、すでに人間の心理を科学している、子どもの科学的思考力を育てることにもつながっているのです。
■自由な雰囲気から、探究が始まる。子どもに「自分の考えを言える」環境を
――ふしぎを見つける探究心や、科学的思考力を養うために、家庭でどのようなことを意識すればよいでしょうか?
川村 勉強の進め方ひとつでも、効率主義の面がまだ根強く残っています。
効率主義というのは、たとえば、最初に公式と答えをちゃんと覚えましょう。次に、どうして公式ができたかを学びましょう。そして、それを活用できるようになりなさい。そのために練習問題を解きましょう……という感じです。
でも、子どもの探究心を育てるなら、こんなやり方もあります。とあるデータ(事実)があります。別のデータもあります。あなたはこういうデータを見て、どんなことを考えますか。と、まず子どもに自由に考えさせるんですね。その後、意見を集約するとこういうことになりますよね。実は昔の偉い人はこういう法則と言っていたんですよ、と教える。これが、探究学習です。事実を提示してそれに対する考察を促し、プロセスを重視します。
川村 子どもたちには、自分の意見を述べることを大事にしてほしいです。
日本人は、正しい答えを知っているか知っていないかで、知らなかった場合は沈黙しがち。いらないこと、間違っていることは言わないことが多いです。でも、恥ずかしい気持ちが先立つと、探究の途中でも「間違ってるかもしれない」という意見は言えなくなってしまいます。自信を持って発言できなくなってしまいます。
自分の意見がちゃんとあって、自分の考えを言う。間違っていたら、そこは勉強し直せばいい。間違いに気づいたら、すぐに修正し、そこから学ぶ姿勢を持てばいいのです。
研究において、失敗は大事で、当たり前に起こることです。このことを、もうちょっと子どもたちにわかってほしいなって思うし、親もそれを小さい頃だからこそ、伝えられるとよいと思います。自由な雰囲気があると、そこから探究が始まるんです。
小林 失敗をくり返したり、会話やコミュニケーションをたくさんした子、いろいろな経験をした子は、学力も自然についてる子が多い印象です。
たとえば、親が子どもに親の考えを押し付けたときなど、「お母さん、私と考えが違うね。」に対して、「本当? 何が違ってる?」って聞いたり。こうしたコミュニケーションが普通にできるといいのかもしれませんね。
童話には、人が生きていくための生活の失敗や考え方の違いのエッセンスもたくさん入っています。たとえば「花さかじいさん」には、いじわるじいさんが出てきますよね。あんまりいじわるしたら、現実ではダメですし可哀そうですが、それでもフィクションだから、やんわり読める部分もあります。失敗も間違いも、それが普通だよって……。
親も子も同じ目線で、なぞやふしぎをお互いに質問し合って、そこから探究が生まれていくのがいちばんいいのかな、と思います。やっぱり、コミュニケーションがいちばん人を育てるから。わからないことを楽しみながら、自分でふしぎを解いていく、答えを探り当てていく姿勢が、これからの時代に必要だと思います。
親世代が子どもだった時代より、今の子どもたちの時代のほうがずっと情報量が多く、変化するスピードも速くなっていますから、それに対応していく能力が、大事になってくると思うんです。
川村 そうですね。理科の知識を身につける教育としてではなく、人間教育としても重要なんですよね。
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●話し手
川村康文(かわむら・やすふみ)
1959年、京都府生まれ。東京理科大学理学部第一部物理学科教授。北九州市科学館スペースLABO館長。専門はSTEAM教育、科学教育、サイエンス・コミュニケーション。『科学のなぜ?新図鑑』『同・新事典』(受験研究社)、『名探偵コナン 実験・観察ファイル サイエンスコナン』シリーズ監修(小学館)など著書・監修書多数。NHK Eテレ「ベーシックサイエンス」や「チコちゃんに叱られる!」にも出演。
小林尚美(こばやし・なおみ)
STEAM教育専門家。4歳からスズキ・メソードでピアノを習い、幼稚園教諭として音楽に親しむこころの教育を実践。園長経験を経て、東京理科大学総合研究院「未来の教室・サイバーメディアキャンパス懇談会」未来の教室プロジェクトに参加。幼児から学生に向けて、科学実験の出前授業や研究を行っている。共著に『はじめてみようSTEAM教育』(オーム社)、『親子で楽しむ!おもしろ科学実験12か月』(メイツ出版)。