もし1940年米大統領選挙にヒトラーを称賛するリンドバーグが勝っていたら…? ありえたかもしれない歴史改変小説
レビュー
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ありえたかもしれないもうひとつのアメリカ。「もしも」の歴史改変小説
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
一九四〇年に行われた米大統領選挙において、もしもフランクリン・ローズヴェルトが三選を果たさず、世界初の大西洋単独横断飛行を成し遂げた英雄で反ユダヤ思想の持ち主でもあったチャールズ・リンドバーグが勝っていたら? フィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』は、ありえたかもしれないもうひとつのアメリカを想像した歴史改変小説だ。
原書の刊行は二〇〇四年、柴田元幸訳の単行本刊行は二〇一四年。文庫化されて久しぶりに再読したら〈このごろはもう、普通の国に暮らしている気がしないのよ〉という登場人物の慨嘆が、当時よりもいっそう他人事とは思えなかった。
作者と同じ名前の主人公フィリップ・ロスは、ローズヴェルトに憧れ、切手の収集に夢中になっている少年だ。ニュージャージー州のユダヤ人コミュニティで、保険外交員の父、専業主婦の母、画才のある兄と平穏に暮らしていた。ところが、フィリップが七歳のとき、彼を取り巻く世界は激変してしまう。ヒトラーを称賛するリンドバーグが大統領になったのだ。まもなくロス家の人々は、旅先のワシントンであからさまな差別を経験する。自由の国アメリカで、日に日にユダヤ人の居場所がなくなっていく。子供の視点で描かれた不安と恐怖が生々しい。
物事が悪化するスピードは速く、抵抗することは難しい。ことが起こる前に、止めることはできないのか。アメリカは今年の十一月に大統領選を控えている。新たな歴史の分岐点に立った人々の選択について考えずにはいられない一冊だ。
もしも第二次世界大戦でアメリカが負けて、東西に分割されてしまったら? そんなパラレルワールドを舞台にした歴史改変SFの名作がフィリップ・K・ディックの『高い城の男』(浅倉久志訳、ハヤカワ文庫SF)。史実と逆転した世界で流行するものが興味深い。
『ifの世界線』(講談社タイガ)は、現代日本で活躍する五人の作家が趣向を凝らした「もしもの世界」を提示する改変歴史SFアンソロジー。あらゆるところに分岐点はある。