『あいにくあんたのためじゃない』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
「せっかく黒髪で清楚だったのに」宮田愛萌が明かすアイドル時代の“生々しいメモ”…他人にラベルを貼ることへの思いを語る
[レビュアー] 宮田愛萌(作家/タレント)
本を中心に幅広く活動する宮田愛萌さん
2022年末に日向坂46を卒業した宮田愛萌さん(26)は、19歳の頃から約5年間、アイドル活動に身を捧げてきた。大の読書好きである宮田さんは、卒業の翌年に『きらきらし』で小説家デビューも果たしている。
そんな宮田さんが、アイドル時代に髪色をピンクに染めた際に心無い言葉を投げかけられた経験を振り返りながら読み解いたのが、柚木麻子さんの短編集『あいにくあんたのためじゃない』(新潮社)だ。
断片的な情報だけで勝手に決めつけられて期待され、勝手にがっかりされ、批判の言葉すら浴びせられる。アイドル時代の生々しい内容のメモを見返しながら、宮田さんが語る本書への思いとは。
****
昔、私が髪をピンクに染めた時「せっかく黒髪で清楚だったのに」「文学少女キャラやめたのかな残念」なんて色んなことを言われた。私が黒髪だったのは18才が最後で、それ以来ずっと髪は茶髪だった。だから文学少女イコール清楚イコール黒髪というイメージだけで私を語っているのだなあと思うと少し面白かったことを当時のメモに記している。
別に私は自分のことを「文学少女キャラ」だと名乗ったことはないし、なんなら「比較的ギャルだと思います。いえい」と名乗っていたにもかかわらず、おそらく「本が好きで日本文学科出身」という情報だけで、勝手に期待されて勝手にがっかりされていたのだと思う。
この『あいにくあんたのためじゃない』という本に収録されている話に登場する人たちは、こんな風に、他人を勝手に判断し、見ているという感覚がはっきりと描かれている。
それがいちばんわかりやすく表れているのはやはり「めんや 評論家おことわり」だろう。
■他人が奪っていいものではないはずの「自分」
ラーメン評論家である佐橋は過去のブログに載せた写真やラーメン批評とは呼べないような店員や来客についての誹謗中傷により、人気ラーメン店である「のぞみ」を出禁にされていた。この佐橋のブログに載せられた写真によって人生を変えられ、「自分」を奪われた人たちが、「自分」を取り戻す物語である。
佐橋は評論家を名乗りながらも、自分の中のイメージでしか何かを語ることが出来ない。作中で人気YouTuberの「替え玉太郎」に指摘されたようなオーソドックス系中華そばを褒めるときの語彙だけでなく、女はこうあるべきだ、評論家はこうあるべきだというイメージから外れたものを認めることが出来ずに、批判の対象となる。現在こうして書評を書かせていただいている立場からすると、それは評論家として致命的ではないだろうか、と思ってしまうが、作中でも批判されていたのでやはり致命的な欠点なのだろう。
この佐橋がブログに載せた写真と言葉によって、登場人物たちは他人から本意ではないラベルを貼られて生きていくことになる。それは好意的なものと、否定的な悪意あるものとどちらもあったが、自分の知らないところで他人の目に晒されて勝手に批評されているというのはどう考えても不快である。そしてその勝手に貼られたラベルは、もう一生取り去ることは出来ない。
「なんでそこまでやるかって? あなたに勝手に名付けられた自分を取り戻すためですよ。自分たちの手で」というセリフがあるが、登場人物たちは自分を取り戻すために、その自分を変えなければならなかった。体を鍛えたりダイエットをしたり、見た目だけでなくスキルを磨いたり、様々な方法で前の自分から変わっている。そうすることで確かに、他人から批評された自分ではなくなり、自分だけの自分になっている。過去に貼られたラベルははがせているだろう。
しかし、変わる前の姿には勝手にラベルを貼られたまま、もうどうすることも出来ない。その自分に愛着があろうとなかろうと本当は他人が奪っていいものではないはずなのに、もう一生返っては来ないのだ。