『娘が巣立つ朝』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
【聞きたい。】伊吹有喜さん 『娘が巣立つ朝』
[レビュアー] 産経新聞社
■結婚生活は浮き沈みがある
高梨家の一人娘、真奈が婚約者の優吾を実家に連れてくる。資産家の一人息子で好青年だが、真奈の両親、健一と智子には不安も。やがて癖の強い優吾の両親も加わり、結婚費用を巡る問題や価値観のすれ違いなどが次々と…。
地方紙9紙に掲載された著者初の新聞小説。
「始める前は、毎日盛り上がりがないといけないと思っていましたが、結婚に関する話は、意図して作らなくてもいろいろなことが起きて自然と盛り上がる。毎日続きが気になる形になったかと」
披露宴の費用から結婚後の生活設計といったお金の話では、それぞれの親や実家の力関係も影響。真奈は優吾に不信感も抱き、モヤモヤを募らせる。一方、健一は仕事や体調への不満・不安を抱え、ため息、不機嫌の日々。「和やかな家庭」を保とうと尽くす智子はそんな健一に辟易(へきえき)していた。それぞれモヤモヤの突破口を求め、高梨家の3人は新たな一歩を踏み出す。
「結婚生活は浮き沈みがあり、この本でも『たまに光るけど普段はベージュや灰色』とも言っています。とくにシニア世代にさしかかってくると、皆さん和やかに暮らしたいと思うのでは。そのためにはお互いに言葉が必要。夫婦だから察しろといわれてもわからない。ちょっと状況を伝えるだけでもいいんです」
夫婦の話だけではない。
「モヤモヤは世の中にたくさんある。就職や仕事など自分の努力以外で得や楽をしている人を目の当たりにしたときの、釈然としないモヤモヤとか。そういう時代性も描ければいいなと思いました」
今作は健一、智子、真奈の3人の視点で物語が進む。
「昔、『8時だョ!全員集合』のコントで、志村けんさんの背後から悪い人が近づいてくると会場から『志村、後ろ!』などと声がかかった。会場と舞台が一体化したドキドキワクワク感。この作品も読者が登場人物に共感して声をかけたくなるようにと3人視点にしてみました」。その言葉どおり、「健一、それはダメだ」「真奈ちゃん、しっかり」などと声をかけるのもまた楽しい。(文芸春秋・1980円)
三保谷浩輝
◇
【プロフィル】伊吹有喜
いぶき・ゆき 昭和44年、三重県生まれ。中央大法学部卒。出版社勤務を経て平成21年、ポプラ社小説大賞特別賞受賞作『風待ちのひと』でデビュー。いずれも直木賞候補作の『ミッドナイト・バス』『彼方の友へ』『雲を紡ぐ』など著書多数。