事故死で教室の「スピーカーに転生」した主人公を描く『死んだ山田と教室』など…黒歴史と向き合う小説6作を紹介

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  • 冬期限定ボンボンショコラ事件
  • 死んだ山田と教室
  • あなたの大事な人に殺人の過去があったらどうしますか
  • 密室法典
  • 神様のたまご 下北沢センナリ劇場の事件簿

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エンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)


斬新すぎる転生(※画像はイメージです)

書評家の大矢博子が紹介。己の弱い部分と向き合い、心を強くする6冊作。

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 シリーズものを紹介するときには気をつけなくてはならない。最初の一冊を読んで「なるほど」と思ったことが後で覆されることが往々にしてあるからだ。

 以前、あるシリーズの最初の巻にとても魅力的な登場人物がいて、「この人がいい、今後もきっと主人公の力になってくれるに違いない、この人の活躍をもっと読みたい!」と熱く語ったら、あとの巻でその人物が全ての黒幕だったことが判明したことがある。著者の企みに見事にひっかかってしまったわけだが、あのときはもう、前に書いた書評をすべて消してまわりたい思いをした。黒歴史である。

 それと同じ経験をまたまた味わってしまった。米澤穂信『冬期限定ボンボンショコラ事件』(創元推理文庫)だ。

 推理好きの小鳩くんと復讐心の強い小佐内さん。ふたりは高校ではその本性を抑え、目立たず騒がずごくごく平凡な小市民になることを決意していた。しかし出会った事件でそれぞれ真価を発揮してしまうことが度々……という学園ミステリのシリーズだ。

 これまで『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』『秋期限定栗きんとん事件』の長編三作と短編集『巴里マカロンの謎』が刊行されている。

 今回は受験も近い三年生の年末、下校途中の堤防道路で小鳩くんが轢き逃げに遭う場面から始まる。一緒にいた小佐内さんは助かったものの、小鳩くんは重傷で二ヶ月の入院を余儀なくされた。枕元に届いた小佐内さんからのメッセージを見るに、どうやら彼女は犯人探しをしているらしい。だが小鳩くんにはもうひとつ気になることがあった。今回の轢き逃げが、彼が中学時代に出会ったある事件を想起させたのだ──。

 病院のベッドから動けない小鳩くんが推理する今の事件と、中学時代に起きた事件が並行して語られる。飄々としてユーモラスな語り口の中に時折潜む苦味。青春ミステリのきらめきと切なさの背後にあるシビアな現実。そういったシリーズの醍醐味がたっぷり詰まった、まさにシリーズの集大成と言っていい。

 実は第一作が出たとき「小市民になりたい」というふたりに対してちょっと斜めに見ていたのだ。十五歳かそこらで「平凡になりたい」と考えることはすなわち、自分は平凡ではない、特別な存在だと考えていることになる。若いときにはままあることとはいえ、こりゃまた随分傲慢な子たちだなあと。

 それが第二作以降、まさに自らの傲慢さを自覚する展開もあり、なるほどこれがやりたかったのか、第一作での評価は拙速だったなと反省した。しかしこの長編第四作でなぜ小鳩くんたちが小市民を目指したのかの原因が語られるに至り、過去の自分の評価が決定的に的外れだったことに気付かされたのである。なるほどこういうことか。これは傲慢な子どもの話ではない。自分の選ぶべき道に迷い、傷つき、足掻く若者の物語だったのだ。

 こういうことがあるからシリーズものは怖い。本書は小鳩くんが自分の黒歴史に向き合う話だが、私にもまた黒歴史が増えてしまったではないか。

 ということで今回は「黒歴史に向き合う物語」を紹介しよう。

 今月の収穫は何と言っても金子玲介『死んだ山田と教室』(講談社)に尽きる。他のところでも紹介してしまったので簡単に済ませるが、交通事故で死んだクラスメートが教室のスピーカーに転生するという話だ。転生モノは多々あるがスピーカーって!

 ところがこれが面白い。まずはスピーカーになった山田とクラスの仲間たちの会話が、テンポのいいコントのようで何度も声を出して笑った。しかし後半、色合いが変わる。山田がスピーカーになったがゆえに避けられない出来事が彼を襲うのだ。他者から明かされた山田の過去。クラスメートの本音と心境の変化。前半がめちゃくちゃ楽しくて笑えた分、後半の落差がたまらない。

 動けないからこそ黒歴史に向き合わねばならない山田と、自分の選択を黒歴史にしたくないあるクラスメートの行動が重なる終盤は圧巻だ。

 ──とまあ、ここまで簡単に黒歴史という言葉を使ってきたが、そんな安易な言葉では語れない歴史もある。天祢涼『あなたの大事な人に殺人の過去があったらどうしますか』(角川春樹事務所)は、タイトル通り殺人という前科を抱えた人物の物語だ。ていうかタイトルですべてを表現してくれているので何も付け加えることがないじゃないか。

 食品卸の会社に入った藤沢彩は、無口で無骨だが実は親切な先輩社員、田中心葉と親しくなる。心葉に次第に惹かれる彩。しかしある日の朝礼で、心葉は衝撃の発言をする。彼には人を殺した過去があるというのだ。十年前、中学生の時に人を殴って死なせ、少年院に入っていた、と。動揺する彩と同僚たち。彩はこれまで通りに心葉と付き合えるのか。何より、なぜ心葉は突然そんな告白をしたのか?

 彼の告白の影響はそれだけではなかった。実は心葉や彩と親しいもうひとりの同僚は、殺人事件の被害者遺族だったのである。加害者の思い、被害者遺族の思い、その両方と親しい者の思い。三者三様の思いが交差した果ての真実は──。

 それぞれの立場で思いが綴られるので、感情移入先がどんどん変わってひたすら翻弄されてしまった。三人の気持ちがわかるからこそ安易に何かを断定することができない。中でも印象に残ったのが、人を殺すに至った中学生の心葉がやたらと「死ね」という言葉を発していた理由だ。こういうものの見方があるのかと蒙を啓かれるとともに、表面に見えることだけで何かを決めつける愚かさを改めて突きつけられた。

 五十嵐律人『密室法典』(KADOKAWA)は無料法律相談所という大学の自主ゼミを舞台にした青春リーガルミステリの第二弾。前作で大学生だった古城はロースクールへと進んだが、そこで密室事件に遭遇する──というのが第一話。続いて、同じ日に作成された二通の遺言書を巡る相続問題、雪山での遭難事件にまつわる失踪宣告の問題、店員が魔女というコンセプトのカフェで起きた食中毒事件などが綴られる。

 どれも法律の知識を駆使して問題を解決に導くのは同じだが、ただ情報を利用するだけでなく、法律というフィルターを通すことで事件の見方が変わるというのがポイント。善と悪、事故と故意が逆転していく様は実にエキサイティングだ。

 いずれもただ問題を解くだけではなく、並行してもうひとつのサプライズが仕掛けられていることにも注目願いたい。そしてそのほとんどの根底にあるのが、登場人物がその過去の行動を悔いていたり、やりなおしたいと願っていたりするという事実だ。これもまた、若者たちが黒歴史に向き合い、それを乗り越えようとする青春ミステリなのである。

 稲羽白菟『神様のたまご 下北沢センナリ劇場の事件簿』(文春文庫)は劇場を舞台にした連作ミステリ。大学入学で上京した竹本光汰朗は、祖母が経営する下北沢のセンナリ劇場で支配人助手のアルバイトを始める。ところが劇場では事件続き。芝居の小道具の指輪が消えたり、空き巣が入ったり、バンドの揉め事に巻き込まれたり、死んだはずの舞踏家の目撃談を聞いたり。それを解決するのが支配人のウィリアム近松だ。

 一作ごとに、演劇、バンド、舞踏、現代的にアレンジした歌舞伎など、異なるジャンルのパフォーマンスが扱われるのが楽しい。さらにそれぞれのジャンルの先行作品や有名作の話題が盛り込まれているのも刺戟的。しかもミステリの趣向としても、安楽椅子探偵風のものから倒叙ミステリっぽいもの、ホラー風味のものとバラエティに富む。この構造こそが、雑多なカルチャーが歴史と共に醸成されてきた下北沢の象徴になっている。

 その一方で、歴史ある演劇の街だからこそ、過去に起きた事件が尾を引く。忘れられない出来事や人、受け入れられない変化。これもまた、そこから逃れようとする者や乗り越えようとする者の物語だ。特に最終作「藤十郎の鯉」は、長年こだわった過去に決別を決意した人々と明かされる真相の、両方の切なさがいつまでも心に残る。

 最後に御木本あかり『終活シェアハウス』(小学館)を。六十八歳の女性四人が暮らすシェアハウスと、そこで雑用係のバイトをする大学生の物語である。

 黒歴史は若者の特権ではない、むしろ年齢を重ねれば重ねるほど増えていくのが黒歴史だ。現役にこだわる元教師の厚子は再就職先を探すも断られてばかり。自称料理研究家の歌子はまた料理本を出したいが、センスの古さは如何ともし難い。離婚経験者の瑞恵は恋を求めてマッチングアプリに登録するも上手くいくわけがない。そして恒子には認知症の兆候が見え始めている。

 彼女たちは皆、過去のさまざまな黒歴史と、現在進行形で増えていく黒歴史を抱えながら、それでも毎日美味しいものを食べ、言いたいことを言い合い、でも実は気を遣い合って暮らしている。何歳になっても黒歴史は増えるが、同時に、何歳からでも黒歴史と向き合ってやり直すこともできるのだと励まされた。

 その様子を現代の大学生が眺めているというのがポイントだ。なんだかんだ言ってバブル期に資産を作り、年金も充分貰えている四人を見て、今の若者が何を思うのか。もしかしたらそちらこそが本書のメインかもしれない。自分の未熟さで生まれる黒歴史は生きていく上で避けては通れないし、成長のきっかけでもある。しかし不景気や戦争などで、社会が若者に否応なく黒歴史を与えてしまうのは別だ。そんな時代にだけはしてはならないと強く感じた。

角川春樹事務所 ランティエ
2024年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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