ひとり出版社を立ち上げた著者が慈しみ、忘れられない本とは

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

長い読書

『長い読書』

著者
島田潤一郎 [著]
出版社
みすず書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784622096986
発売日
2024/04/18
価格
2,530円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ひとり出版社を立ち上げた著者が慈しみ、忘れられない本とは

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

 著者の島田氏は2009年、東京・吉祥寺に出版社「夏葉社」を起業し、「何度も、読み返される本を。」をスローガンに丁寧な本作りを続けてきた。本書はそんな彼が半生の時々の記憶の断片を、様々な「本」との思い出とともに綴る散文集である。

 文学の世界に出会った子供の頃のこと、音楽と文学に浸りながら、小説を書き始めた青年時代、そして、子育てをしながら出版社を経営する「いま」の自分……。「本」というものは、ままならない人生を力強く支えてくれはしないかもしれない。だが、道に迷ったときや、漠然とした将来の不安を前に身動きが取れなくなったとき、あるいは人生の喜びを感じた瞬間に、著者の傍らにはいつも本があった。

 本書を読んでいて何より胸に沁みるのは、そんな「本」の存在を見つめる島田氏の眼差しだ。

 熱中して繰り返し読んだ本も、何度も手に取ったが読めなかった本も、ただ買っただけの本も、著者はその一冊一冊を一様に慈しんでいる。いつか読まれることを待つ本たちの群れ――それが自身の「未来」を確かに作り出していくのだと信じる心のあり方が、静かな筆致で綴られていくのである。

〈本を読むことで、希望を得たというのではない。ぼくは五〇歳近くになったいまでも、そういう経験をほとんどしてこなかったし、一冊の本を読むことで救われたという経験もしていない〉

 でも――と著者は書く。〈ぼくは学校の帰りや仕事の帰り、本屋や図書館で本を眺め、本を実際に買い、本を読んだあとの自分を想像することで、未来にたいするぼんやりとした広がりを得た〉。

 長編小説を初めて読めるようになったときの気持ちや、本の言葉や「文体」が胸に届いた瞬間が、心地よく後景へと退いていく。著者の小さく語る声が、それ故に確かな余韻となって残る一冊だった。

新潮社 週刊新潮
2024年6月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク