<書評>『資本主義の宿命 経済学は格差とどう向き合ってきたか』橘木(たちばなき)俊詔 著

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資本主義の宿命 経済学は格差とどう向き合ってきたか

『資本主義の宿命 経済学は格差とどう向き合ってきたか』

著者
橘木 俊詔 [著]
出版社
講談社
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784065359068
発売日
2024/05/16
価格
1,034円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『資本主義の宿命 経済学は格差とどう向き合ってきたか』橘木(たちばなき)俊詔 著

[レビュアー] 根井雅弘(京都大教授)

◆「高福祉」目指す漸進主義

 なかなか大胆なタイトルである。著者はいわゆる「近代経済学」の本流を歩んだ人で、その思想は穏健なリベラル派といっても過言ではない。資本主義のさまざまな欠陥を一歩一歩改革し、よりよい体制に近づけようというリベラル色のある近代経済学の立場は、経済学史ではケインズの師匠であったマーシャル以来の正統派中の正統なのだが、ベルリンの壁の崩壊以降、市場原理主義的な言説が論壇を席巻し、「漸進主義」の立場が少数派扱いされるようになった。憂うべきことだ。

 著者も、1990年代からわが国における経済格差の拡大という問題に取り組み、日本の学界や論壇に警鐘を鳴らしてきたのだが、傘寿を超えて、その総決算というべき研究成果を一般の読者にも広く知ってもらいたいという意図で本書を書いたのだろう。

 サブタイトルにあるように、古典派から現代に至る欧米経済学の歩みの中での格差問題の取り扱いを概観した上で、ピケティ『21世紀の資本』(原著2013年)の問題提起以後、格差論がどのように展開されていったか、わかりやすく叙述されている。かつて「1億総中流」と言われた日本でも、相対貧困率の高さや不十分な生活保護制度など、先進国の中でも非常に不名誉な数字が紹介されている。

 ネット上では欧米のスーパーリッチと呼ばれる人たちの言動が注目されるが、高所得者に累進課税をしたり、タックスヘイブン(租税回避地)対策の税制を主張したりすると、リバタリアン(自由至上主義者)などから「選択の自由」の否定だと反論されることが多い。もちろん、著者は、まずは「中福祉・中負担」から始めて次第に「高福祉・高負担」の日本を目指すべきという持論からそのような思想には反対しているが、このような穏健リベラル派の主張がポピュリズムと保守主義が入り混じった政治風土でしばしば蔑(ないがし)ろにされてきた現実がある。穏やかながらも、ときに熱のこもった文章が見え隠れしているのも、そのような現状への「怒り」があるのかもしれない。

(講談社現代新書・1034円)

1943年生まれ。京都大名誉教授・労働経済学。『格差社会』など多数。

◆もう一冊

『宇沢弘文 新たなる資本主義の道を求めて』佐々木実著(講談社現代新書)

中日新聞 東京新聞
2024年6月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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