『恐竜時代が終わらない』
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さえない中年男性が語る、草食恐竜と肉食恐竜の間に芽生えた切ない友情
[レビュアー] 乗代雄介(作家)
表題作は、講演録のような体裁をとる。語り手の男は壇上から、講演の依頼の顛末という現在を語り、自身のこども時代と、そこで父に聞かされた恐竜時代を、エミリオというブラキオサウルスの視点で語る。仲間と共に草を食み、眠り、肉食恐竜に追われる生活である。
恐竜時代は一億五千万年前だが、作者はもともと離れたものを繋ぐのを得意とする。デビュー作も日本とブラジルを大穴で繋ぐ話だった。科学的根拠なんか問題ではない。本作でも、エミリオは「始祖鳥」という名を認識しているが、この名は当然、鳥類の祖先であるとの仮説から人間が呼び始めたものだから、恐竜がそれを名指すのでは順番があべこべだ。
それなら、恐竜が自分の気持ちを語るのがそもそもおかしいのだけれど、我々は不思議とそれを受け容れるようにできている。たぶん、科学の歴史よりも語りの歴史が古いせいだろう。恐竜時代から姿を変えないイチョウの木が秋になるたび実を落とすのだから、語りが恐竜時代に実を結んでもおかしくはない。
ある日、エミリオは自分の捕食者であるアロサウルスのガビノと友達になる。エミリオは、ステゴサウルスの骨板を松ヤニで背中にくっつけることでステゴサウルスたちから仲間と認められたアロサウルスの逸話を耳にし、自分が何をすべきか考える。ステゴサウルスたちは、仲間となった「肉食のステゴサウルス」が生き延びるために、老いたものからその身を捧げたという。
誰かに語られる話は小さな歯車に過ぎない。しかし、それに噛み合った者たちの生き方を変え、だから死に方も変えてしまう。誰かの口が回る限り、力は消えない。行方不明になった父にも、おそらく自分にも、恐竜時代からの力が働いていることを語り手はわかっている。
小説の体裁は、強制的に読者を聴衆の一人とさせる。柔らかな語り口の下で、歯車は静かに回っている。