『娘が巣立つ朝』
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<書評>『娘が巣立つ朝』伊吹有喜(ゆき) 著
[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)
◆結婚に揺れる家族模様描く
プロポーズされた娘が連れてきたのは、非の打ち所がない好青年。一人娘の結婚をめぐって起こる出来事を描いた、長編家族小説である。
東京・多摩市の戸建て住宅に夫婦で暮らす高梨健一、智子のもとに、実家を出て一人暮らしをしていた娘の真奈が、恋人の渡辺優吾を連れてやってくる。優吾は旧財閥系企業に勤めており、東京本社に戻る6月の人事異動に合わせて、真奈と結婚したいという。半年後を目指して結婚の準備が始まるが、優吾の富裕な一族と、一般的な核家族の高梨家との間でことあるごとにずれが生じる。神前式で白無垢(むく)か、チャペルでウエディングドレスか。婚礼資金はどうするか。日取りが秋へと延びる中、真奈と優吾は喧嘩(けんか)が絶えなくなってしまう――。
父、母、娘。物語は、高梨家の3人の視点をかわるがわるにして、優吾が訪れた1月からの半年間を主に描く。30年近く連れ添ってきた健一、智子と、娘の真奈は世代が違い、二つの世代から結婚を眺める構成なので、視野が広い。また同世代でも、父と母で目線は異なる。54歳の健一は来年の役職定年を前に、老後の資金や、静岡の高齢者施設で暮らす母が気がかりで、ため息ばかりついている。和装の趣味が高じて着付け講師をしている智子は、結婚準備で心労を抱え、夫にかまう余裕をなくす。両家の事情と金銭感覚の違いを体感する真奈は、ずっと憧れていた優吾に対する目線が変わり、不安になる。結婚のリアルが次々に現れ、では、どうする? と、父、母、娘に進路の選択を迫るのだ。
<子育てのゴールとはなんだろう?><自分たち夫婦はどこへ向かっていくのだろう? 娘が巣立ったそのあとに――>。結婚、子育て、介護、子どもの巣立ちと自分の老後。いつもお金の問題が絡み、先はわからない。本書は結婚に着目し、出来事と心理をつぶさに追い、人生の喜びとは何かを問いかける。濃密な半年間の悲喜こもごもを読みながら、それぞれの奮闘と選択、やがて目にする光景に励まされる物語である。
(文芸春秋・1980円)
1969年生まれ。2008年、ポプラ社小説大賞・特別賞を受賞しデビュー。
◆もう一冊
『四十九日のレシピ』伊吹有喜著(ポプラ文庫)家族の再生を描いたベストセラー小説。