『心を安定させる方法』
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【毎日書評】メンタルがブレないといい結果が出せる。心臓外科医の「心を安定させる方法」
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
『心を安定させる方法』(渡邊 剛 著、アスコム)の著者は心臓外科医。「心臓外科医が、なぜ“心の安定”を?」と思われるかもしれませんが、そもそも、ひとつミスをするだけで生死に直結する仕事をしているのが心臓外科医です。
時間も限られており、想定外のことでいちいち焦っていては成り立たないのですから、つねに心を安定させておく必要があるわけです。いいかえれば、つねに安定した心を手に入れられれば、人の命を救うことができるということ。
そして当然ながら、それは心臓外科医に限った話ではありません。どんな仕事をしていようとも、焦りやイライラ、心の乱れなどに惑わされない安定感を身につけておければ、どんな状況をも乗り越えることができるわけです。
そこで本書において著者は、40年間にわたり、約1万件の手術経験によって手に入れた“心を安定させる方法”を明らかにしているのです。対象としているのは、以下のような方々であるようです。
話す前に頭のなかで考えても、本番になると緊張してしまう人に。
他人のミスについ感情的に反応してしまう人に。
想定外の質問をされると慌ててしまう人に。
(5ページより)
効力を発揮してくれるのは、たとえば焦りが生まれたとき、イライラしてしまったとき、あるいはプレッシャーに飲み込まれそうになったときなど。そうした局面で本書に書かれた“心得”を思い出してみれば、誰でも心が安定し、冷静さを取り戻すことが可能になるということです。
きょうは本書の第2章「心が乱れやすいあなたへ」に注目してみましょう。人生に苦難はつきものですが、ブレることなくフラットな状態でいてこそ、人は安定したパフォーマンスを発揮できるもの。そのため著者はここで、そうあるための極意を紹介しているのです。
「メンタルフラット」で生きよう
心臓外科医にとって、なによりも大切なのは「メンタルフラット」であることだと著者は述べています。緊張しすぎず、いつもどおり、練習でやってきたことを本番でも再現できるように意識を向ける。また、もし想定外のことが起きたとしても対応できるように、深い集中力をもって患者さんと向き合うべきだということ。
時間が止まったかのような、研ぎ澄まされた感覚を得ることを「ゾーンに入った」ということがあります。しかし、必ずしも毎回ゾーンに入れるわけではありません。そんな奇跡のような状態が訪れることに期待するよりも、実力をしっかり発揮できる力を身につけるほうが、よほど価値があるのです。
では、仕事においてパフォーマンスにムラがある人と、パフォーマンスの波が少ない人で比べた場合、どちらに仕事を任せたいと思うでしょうか。
多くの人が、後者に仕事を任せると思います。なぜなら、仕事を任せるときは「期待どおりの働き」を相手に求めているからです。はじめから「期待以上の働き」を求めている人はいないでしょう。
大事なのは「いつもと違う力を発揮する」ことよりも、「いつもと同じ力をどんなときでも発揮できるようになる」ことです。(73ページより)
だからこそ、「メンタルフラット」を強く意識することが重要な意味を持つということです。(70ページより)
違和感を「気のせい」にしない
朝起きて、なんか今日はいつもとちょっと違う感じがするとか、今週は嫌なことが立て続けに起こるなどと思うことはありませんか?
「気のせい」かもしれませんが、そういった「自分を取り巻く“気”の違い」を感じた場合、その違和感はスルーしないほうが賢明です。(75ページより)
著者は手術当日に患者さんのもとを訪ね、手術前のそのタイミングで手をギュッと握ることを習慣にしているのだといいます。それは単なる挨拶ではなく、お互いの気持ちの確認。滅多にあることではないものの、手を握ったときに患者さんのエネルギーを感じ取れない場合には、著者のほうから「きょう、手術をするのはやめましょう」ということもあるのだとか。
「きょう、病気と闘って絶対に元気になる!」と強く意志を固めている患者さんからは、エネルギーが伝わってくるもの。しかし、ときにはそうでないこともあり、そんなときには手の冷たさだけではなく、「エネルギーの交流ができていない」と感じるというのです。
しかし、それは見放すということではありません。人間、誰にでも迷いはあります。そして、迷ったまま行動を起こしても、自らが願う結果にはたどり着けないものでもあります。だから、自分のなかの違和感を大切にするべきだという考え方。もちろん、相手から感じた違和感にも敏感になる必要があるのです。
心の揺れは、ほうっておくといずれ大きな問題となって、あなたにかならず降りかかります。(73ページより)
仕事についても同じで、「あのときこうしていればよかった」と思うとしたら、それは、うすうす違和感を意識していながらそれを放置した結果だということです。(74ページより)
流れに執着してはいけない
なにごとにも流行りすたりはあります。だから意識しておくべきは“向き合い方”。流行を追うことを楽しめ、有意義に感じるのであればいいけれど、しかし流行を追い続けてはいけないということです。なぜなら周囲に流され続けていると、独自の思いや考えを明確にできなくなってしまうから。
人の意見を聞かなくてもいいとは思いません。でも、周囲の声に過敏になりすぎてもいけないでしょう。映画監督の小津安二郎さんは、かつて「なんでもないことは流行に従う。重要なことは道徳に従う。芸術のことは自分に従う」と『キネマ旬報』の取材で語られていました。
これは、「本当にやりたいことは自分の心の声に従いなさい」と言い換えることができるのかもしれません。(85ページより)
つまり、自身の軸をしっかりと持ち、自分を信じて邁進する。そうできたときに初めて、動じない心を手に入れることができるということ。仕事の現場においても想定外の事態が起こり、気持ちが揺らぐことはよくあるものです。しかし、そんなときにも自分の軸を持っていれば、動揺せずに済むわけです。(82ページより)
つねに冷静でいる必要はなく、「繊細な性格だから」とあきらめる必要もないのだと著者はいいます。ただ、必要なときに、冷静になる方法を本書のなかから引き出してみればいいのだと。心をいまよりも安定させるために、試してみる価値はありそうです。
Source: アスコム