『あなたの代わりに読みました』
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<書評>『あなたの代わりに読みました 政治から文学まで、意識高めの150冊』斎藤美奈子 著
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
◆価値を見つける誠実さ
群れない、媚(こ)びない、追いつめない。斎藤美奈子の書評の肝はこの「3ない」にあると思っている。近現代日本文学で扱われている「望まない妊娠」をめぐる筆致から、男性主観の女性問題をあぶりだした評論集『妊娠小説』でデビューした1994年以来、約30冊の単著を出しているにもかかわらず、文壇における権力とは無縁でい続けているのが「群れない」「媚びない」の証拠だ。でも、同じく書評を生業としているわたしがもっとも気になっているのは、三つ目の「追いつめない」なのである。
今はなき『週刊朝日』の連載で10年間にわたって取り上げた全490冊の中から150冊を紹介する本書で、まず驚くのが読書の幅の広さだ。ベストセラーから芥川賞受賞作まで、選書は多岐にわたっている。中には当然「はて?」と首をひねるような出来栄えの本もある。しかし斎藤さんは「はて?」の原因を探りこそすれ、それを茶化(ちゃか)しこそすれ、全面否定というかたちで追いつめたりはしないのだ。
石原さとみ主演でドラマ化された宮木あや子の『校閲ガール』を辛口の筆致で紹介したその2年後に、シリーズ3作目を取り上げ<軽いノリで進むラブコメ風の小説だけど、天職とは何かという問いも挟んでラストはホロリとさせる><1作目ももう一回読んでみます>と書き添える。実にフェアなのである。
川上未映子による村上春樹へのインタビュー集『みみずくは黄昏(たそがれ)に飛びたつ』で、何を訊(たず)ねても<はぐらかしているのか、何も考えていないのか>まともな答えを返さない春樹を茶化しながらも、川上の鋭い質問を紹介することによって、この本が何の価値もないわけではないことを示唆してみせる。優しい(ちなみにわたしはこの本を読んだ時、答える気がないなら出てくんじゃねーよと叫んだクチ)。
というわけで、本書は<本を読むと新しい知識を得る気がするが、実際は逆。自分の無知さに驚くのだ>と記す斎藤美奈子の、書評家としての誠実さと美点を味わうのに最適なブックガイドなのである。
(朝日新聞出版・1980円)
1956年生まれ。文芸評論家。著書『文章読本さん江』など多数。
◆もう一冊
斎藤美奈子著『名作うしろ読み』(中公文庫)