『大人のための印象派講座』
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『大人のための印象派講座』三浦篤著
[レビュアー] 宮部みゆき(作家)
画家の実像 辛口視点で
著者が雑誌「芸術新潮」の連載で本書のもととなる連載を始めたのは、印象派に対する理解がやや美化され、英雄視され過ぎてはいないかと感じたからだそうである。マネ、ドガ、セザンヌ、モネ、ルノワールなど、我が国はもちろん世界中で愛されている印象派の画家たちとその作品については多くの類書があるけれど、本書の視点は新鮮で少し辛口だ。
まずは「出自」。同時代のアカデミズムの重鎮ともいえる画家たちは、質実な職人階級から出てきて国立美術学校に進み、コンクールやサロンで賞をもらい、国家買い上げの仕事で研鑽(けんさん)を積むという王道を歩んだ。これに対して印象派の画家たちは、パリの中産階級の子弟が中心だった。スタートの時点で裕福な実家に支えてもらえるという余裕があったからこそ、従来の価値観に縛られない新しい絵画を自由に追求することができたのである。とはいえ、そこから先の成功と名誉まで、全員に等しくもたらされたわけではない。
忘れがちだけど、印象派の画家は当時の人気商売だったのだ。自由で新しいから、旧来の権威に頼れない。ゆとりはあってもお金は大事だし、経済的な成功=「売れるという評価」も同じくらい重要だ。でも、お金以外の評価もなければ満たされない。この、身につまされるような人間くささ。
もう一つ本書の特色は、印象派の時代の女性たちに注目している点だ。男性画家たちとの師弟関係やライバル関係に悩みながら創作活動を続け、しかし、大家となった男性画家たちの名前と並べて語られることはない女性画家たち。画家の妻たち、画家になった女性職業モデル、作品のテーマにされた娼(しょう)婦(ふ)たちの栄光と悲惨。
芸術は人間の技だからこそ美しい。しかし人間の生き様は美しいばかりではない。名画が私たちに与えてくれる感動はその矛盾の泡立ちのなかから生まれるのだと、胸をゆさぶられる。(新潮社、3410円)