『利己的な遺伝子 利他的な脳』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
<書評>『利己的な遺伝子 利他的な脳』ドナルド・W・パフ 著
[レビュアー] 尾嶋好美(筑波大学サイエンスコミュニケーター)
◆交差する自他のイメージ
「私たちは遺伝子の乗り物に過ぎない」。リチャード・ドーキンスは、著書『利己的な遺伝子』(1976年)で、生物は自らを増やそうとする遺伝子に操られているとし、多くの人たちに衝撃を与えた。
利己的遺伝子の考え方では「自分と同じ遺伝子をもつ子どもは可愛(かわい)がり育てるが、他者の子の生存には関与しない」となる。では「溺れている見ず知らずの子どもを助けるために、自らの危険を顧みず海や川に飛び込む人」がいるのはなぜなのであろうか? 脳神経学者ドナルド・W・パフは本書において、多くの神経科学の研究結果を示した上で「ヒトの脳は利他的だからだ」としている。
私たちは脳の中に常に「自分のイメージ」を持っている。そして、他の人には「他人のイメージ」を持つ。本書によると、この二つが大脳皮質で交差すると、「他人が感じるであろうことを、自分のこととして感じるようになる」そうだ。自己と他者のイメージを混同させやすい理由をパフ氏は次のように述べている。「大脳皮質の神経回路や脳のメカニズムのどの部分の性能が低下しても、個々の自己同一性はあいまいになってしまう。利他的に行動するために、人は単に脳内の情報伝達の精度を下げるだけでよい。簡単なことだ」
自己と他者のイメージを混同してしまうメカニズムに加え、「ものまねニューロン(ミラーニューロン)」の働きもある。他者が右手を挙げるのを見た時に、自分自身は右手を挙げていないのに、脳内にある「右手を挙げるミラーニューロン」が信号を発するのである。これにより、別の人の立場に身を置くことが容易になり、利他的な行動が誘発されるのだ。
パフ氏は「ヒトには本来、利他性が備わっており、道徳的な行動に導く社会的動機を有している」という考えをもとに、利他的脳理論を実際の社会課題に役立てようとし、最終章では、非行に走りがちな若者への教育・支援のあり方から戦争の抑止方法までを大胆に提言している。
(福岡伸一訳、集英社・2750円)
脳神経科学者。全米科学アカデミー会員。
◆もう一冊
『「協力」の生命全史』ニコラ・ライハニ著、藤原多伽夫(たかお)訳(東洋経済新報社)