『神と人と言葉と 評伝・立花隆』
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<書評>『神と人と言葉と 評伝・立花隆』武田徹 著
[レビュアー] 平山周吉(雑文家)
◆「ジャーナリズム+α」の軌跡
時の首相を退陣に追い込んだ立花隆の『田中角栄研究』が出現したのはちょうど50年前だ。一介のフリーライターに過ぎなかった立花はまだ34歳だった。公開情報を人海戦術も駆使して徹底的に収集し、角栄の「金の集めっぷり」を調べあげ、「ファクト(事実)とロジック(論理)」で金権疑惑を突きつけた。ジャーナリズムの王道とも思える仕事だが、本書はそこにウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』の中の「論理的空間の中にある事実が世界である」の応用編を見る。
角栄研究は立花の全仕事の氷山の一角でしかなかった。たしかに立花は当時、「こんどの仕事も、ぼくは哲学やってるつもり(笑)」と、「本来総合の学問」である哲学の実践であると語っていた。
「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」とウィトゲンシュタインは言った。しかし、「語り得ない」とされてきた領域でも、「語り得る」すべがあるかもしれない。その境界線を引き直すことは可能かもしれない。脳死、臨死、最新科学を平易な知の言葉で捉えようとした立花の軌跡を著者は執拗(しつよう)に跡づける。時には迷走する部分をも含めて。
無教会派のクリスチャンだった両親の下で育ち、「知的欠食児」の渇望を最後まで持ち続け、「文学」を封印して、むしろ殺風景な文章を選んだ。著者はその立花の仕事を「ジャーナリズム+α」と表現する。その「α」がいかに広大であったかは、読んでいて驚かされる。
学生時代の微妙な立ち位置も気になる。60年安保を前にして、東大の駒場自治会の常任委員になる。代々木系と反代々木系が拮抗(きっこう)する中で、ノンセクトの立花がキャスティングボートを握ることも。安保の年には、原爆映画3本を持って「国際学生青年核軍縮会議」へとヨーロッパへ出かけてしまう。集めたカンパは当時のお金で50万円。この不思議な行動力はジャーナリスト向きだったのか。
「日本のジャーナリズムが元気だった時代」を最も自由に生きた肖像が描かれている。
(中央公論新社・2750円)
1958年生まれ。評論家、専修大教授。著書『流行人類学クロニクル』。
◆もう一冊
『シベリア鎮魂歌 香月(かづき)泰男の世界』立花隆著(文春学藝ライブラリー)