映画正史からこぼれ落ちた昭和の娯楽 勢いにあふれた「ピンク」に迫る傑作ルポ

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桃色じかけのフィルム

『桃色じかけのフィルム』

著者
鈴木 義昭 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784480439581
発売日
2024/06/10
価格
1,210円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

映画正史からこぼれ落ちた昭和の娯楽 勢いにあふれた「ピンク」に迫る傑作ルポ

[レビュアー] 都築響一(編集者)

 1962(昭和37)年の『肉体の市場』から始まったといわれる「ピンク映画」は、60年をピークに下降線を描いていった大手映画産業とは対照的に爆発的な勢いで全国に広がっていく。64年の東京オリンピックを機にカラーテレビが急速に普及した時期と見事に重なるのだが、とにかく62年には全国に500館あったピンク映画専門上映館が、2年後の64年には1500館にまで増えていたという。

 ピンク映画の作り手=「エロダクション」のほうも、64年に10社が98本を製作・配給していたのに対して、翌65年にはなんと60社が、220本もの作品をリリース。この年、日本映画のおよそ40%がピンク映画だったという数字から、当時の勢いがわかっていただけるだろうか。

 衰退していくいっぽうの日本映画界をピンク映画が下支えする構図が60年代後半に確立すると、当然ながら大手も黙ってはいられず「五社エロス」と呼ばれるポルノ映画の製作に踏み込んでいった。それが東映の実録・エログロ路線だったり、71年に日活がスタートさせたロマンポルノだったりするわけだ。

 60年代までの勢いにあふれた日本映画界と、70年代から現在に至る映画産業のミッシングリンクともいうべき、独立プロによる低予算ピンク映画を記録し続けてきたのが著者。本書はアングラの革命家・武智鉄二から、のちに深夜テレビ番組で日本中に知られる山本晋也まで、今も名が残る少数の映画作家と、映画の正史からこぼれ落ちた無数の作家や俳優たちを追い続けた12の章、12の出会いと別れを描く。

 紹介される映画の多くはフィルム自体が廃棄され現存しないか、傷みがひどくて映写できないままだ。半世紀以上前から「ピンク」と蔑まれ、救い出してデジタル化するひともいない、昔も今も無視され続ける映画に人生を賭けた男たち、女たちの、これは尊い証言集なのだ。

新潮社 週刊新潮
2024年8月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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