『対決』
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『対決』月村了衛著
[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)
個の抑圧 「同類」女性2人
女子受験者に不利な合否判定を続ける私立の医大が舞台だ。その女性理事が神林晴海。彼女の「対決」相手は、男女差別の批判に力を注ぐ女性新聞記者、檜葉菊乃だ。
現代社会で人と人に「対決」は生じ得るかを問うているというのが、私なりの読み方である。この女性二人は字義通りに「対決」し得ないと、物語半ばで確信した。なぜならば、描かれる今日の社会が、この二人を、似た組織内の似た存在へと追い詰めているからである。
医大と新聞社は、どちらもハラスメント撲滅やコンプライアンス確立を看板に掲げる。一方、菊乃と晴海も、女性蔑視(べっし)廃絶を願いながらも、組織の因習に縛られ、独白気味に組織を罵倒している。「対決」しているはずの二人は、実は同類である。不正を働く大学とその実態を暴く新聞社は、組織の是が対立しているだけで、個の生き方の抑圧においては同じ穴の狢(むじな)なのだ。
不正入試を隠蔽(いんぺい)しようとする晴海は、菊乃に一人娘の裏口合格を持ちかけてまで、大学の醜聞報道の阻止を試みる。書き手がそこまで深刻な悪事を創作して二人を二項対立に追い込んでも、他方で二人の苦悩と組織の通念は既に同質化を終えている。作品の舞台である現代には、「対決」を生起し得る、個人の相違の自由が許されていないのである。
昔、『白い巨塔』の財前と里見の「対決」に酔った。二人は医療を前にして、生きる天地が異なっていた。そこには紛れもなく、人生の角逐があった。人間同士に「対決」の設定を許容したのは、六十年前の自由な世の中なのだ。
だが、執拗(しつよう)なまでに二人の苦悩を描いた本作に、かつてと同じ次元の「対決」は生まれない。己の存在をかけて鎬(しのぎ)を削る「対決」は、もはや過去のものだ。この作、面白い。筆が抉(えぐ)るのは、どれほど敵を憎み敵と対立しようとも、「対決」をもって自己を表現できないほど圧殺された、鬱々(うつうつ)たる現代人の有り様と見た。(光文社、1980円)