『深海世界』
- 著者
- スーザン・ケイシー [著]/棚橋 志行 [訳]
- 出版社
- 亜紀書房
- ジャンル
- 自然科学/自然科学総記
- ISBN
- 9784750518411
- 発売日
- 2024/05/27
- 価格
- 3,080円(税込)
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欲望むき出し! 冒険好き億万長者の征服欲が渦巻く、地球深部の暗闇
[レビュアー] 角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家)
地球の表面から未知がうしなわれ、人類が挑むべき探検はもう宇宙と深海にしかない、といわれてから半世紀以上たつ。なのに深海はまだほとんど手つかずだ。探検が進まなかったのは宇宙ほど世間の耳目を集めず、資金が集まりにくいという事情があったようだ。深海は地球内部の闇。何があるのかよくわからずその意味で地味で、月や火星をめざす宇宙とはちがい国家の予算は少ないという。そこで乗り出してくるのが冒険好きの億万長者である。
著者が同行するのはベスコボという実業家兼探検家のプロジェクトだが、そのスケールたるや凄まじい。先端技術の粋を集めて潜水艇を開発し、母船を買い取り、一流の科学者を集め、“ファイブ・ディープス”と銘打ち、世界五大洋の一番深い海溝に全部潜るというのである。
あらゆる意味で深海はまだフロンティアだ。科学的にも地理的にもわからないことだらけだし、現代の探検家の欲望の対象になっているところもそう。白人社会の特権的地位とカネにものをいわせて野望を実現する様子は、まさに征服欲と表裏一体だ。でもその姿は百年前の探検の英雄たちとどこか重なる。ナンセンもスコットもシャクルトンも科学調査を大義にしつつ個人の冒険心が根底にあった。宇宙事業よりも深海のほうが探検っぽく見えるのは、組織より個人が前面で主導し、いい意味でも悪い意味でも「オレが最初にそこに行く」という欲望がむき出しになっているからだ。社会的に成功した実業家が、冒険のない人生など生煮えだと公言し、私財が尽きるまで貫くところに欧米と日本の価値観のちがいを感じる。こんな人物は日本のメダカ社会には絶対に登場しない。
潜水艇で深い闇の底に沈み、奇々怪々な生き物や噴出孔のカテドラルを発見する。こんなわくわくする場所に行ける彼らがうらやましい。金持ちになりたい……と生まれて初めてちょっと思った。