『蛍の光 長州藩士維新血風録』
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<書評>『蛍の光 長州藩士維新血風録』阿野冠(かん) 著
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
◆若き2人の命がけの絆
阿野冠初の時代小説というから、読んでまず驚いた。幕末から明治維新に材を得た小説は数多(あまた)あるが、この作品は、その材の選び方、構成、展開、そして着地点が違うのだ。
私たちが学校で習ったり、よくドラマで扱われる幕末から明治にかけての物語とは、着眼点がまず違う。題名にある“長州藩士”というのがミソで、2人の主人公-「工学の父」と言われた山尾庸三と、「初代総理大臣」となる伊藤俊輔(後の博文)という2人の藩士の、それぞれの“目”を通した事実が語られ、全10章の物語が、それぞれの認識によって語られていくという構成の妙。
だから、2人が知らない事実もあるが、相手がその時本当は何を考えていたのかという事も、相手に語るのではなく己の中で反芻(はんすう)し、また相手を慮(おもんぱか)る。この視点が面白い。
物語は幕末の江戸、老中安藤信正が坂下門外の変で水戸浪士らに襲撃された年のきな臭い師走の夜、「大義のための天誅(てんちゅう)」と称して血気に逸(はや)った暗殺を強行するところから始まる。山尾庸三と伊藤俊輔-この2人の“相棒”の物語が、人生が、そして日本の歴史が、激動の時間の中で苦しみ踠(もが)きながら展開していく。江戸開闢(かいびゃく)以来、長州藩の藩士、町民、農民までもが抱いていた苦渋を、高杉晋作、桂小五郎といった歴史を動かした人物たちが、討幕することで晴らすのだ。
のちに「長州五傑(ファイブ)」に数えられることになる山尾と伊藤。「墓場まで持っていこう」と固く約束した2人だけの秘密-それが生涯2人を苦しめた。<第一章 冬の蛍>で見た(と思った)「迷い蛍」から、<第八章 グラスゴーの歌>で聴いたスコットランド民謡の別離の歌、そして<終章 暗殺の森>で口ずさむ小学唱歌の「蛍の光」まで、共通しているのは“蛍”に象徴される魂と、友情という命がけの固い絆だ。
この小説は、新機軸をもとに怒濤(どとう)の時代を捉え、志を持った若者たちの心情に寄りそい、その想(おも)いを胸に、人生の何たるかを考えさせられる、新たな“血風録”となった。
(徳間書店・2200円)
1993年生まれ。作家。『バタフライ』『君だけに愛を』など。
◆もう1冊
『雨と短銃』伊吹亜門著(創元推理文庫)