『地震と虐殺 1923-2024』
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<書評>『地震と虐殺 1923-2024』安田浩一 著
[レビュアー] 加藤直樹(編集者、ライター)
◆「記憶のバトン」受け継ぐ
約600ページの大著である。だがこの本は、関東大震災時の朝鮮人虐殺について知りたい人にとってのスタンダードになるだろう。
第一に、あのとき、関東各地で起きていた出来事を、いわば網羅的に伝えているからだ。四ツ木橋、神保原村、習志野、横浜、福田村、藤岡、逆井橋…。さまざまな場所で起きた虐殺の経緯がつづられている。
第二に、この本は、虐殺の「現場」を伝える「ルポ」になっている。直接の取材ができない100年前の出来事を「ルポ」として伝えるために、安田は大量の資料を読み込み、その中に分け入って、現場を想像しようとする。
たとえば寄居で殺された具学永(クハギョン)が売っていたのと同じ「朝鮮飴」を通販で買って味わうことを試みる。虐殺を止めようと船橋の街を走った警官・渡辺良雄と同じルートを走る。
さらには、殺されていった人、殺されかかった人の「声」を聞き取ろうとする。たとえば、荒川・四ツ木橋で殺されかかった曺仁承(チョインスン)が呉充功(オチュンゴン)監督の記録映画『隠された爪跡』に語り残した「本当に悔しかったんだよ」という声を書きとめる。読者とともに、100年前の現場を深く感じ取り、被害者の声を受け止めようとしているのだ。
第三に、朝鮮人虐殺という史実が今の日本の現実につながっていることを、様々(さまざま)な「現場」を歩くことで伝えていく。虐殺犠牲者を追悼する運動はもちろん、それを妨害し、虐殺の記憶を否定しようとする行政や、再びジェノサイドを煽動(せんどう)するレイシストたちの動きを取り上げる。見えてくるのは、100年前と同じ民族差別を過去のものにできていない日本の現実だ。
最後に安田は、虐殺を克明に描いた作者不明の「震災絵巻」を取り上げ、その制作が「記憶のバトン」であったと表現し、本書をこう結んでいる。「バトンは私の、私たちの手の中にある」。この本もまた、安田が多くの死者や生者たちから受け取ったバトンの束である。多くの人にそれを受け取ってほしい。
(中央公論新社・3960円)
1964年生まれ。ジャーナリスト。著書『ネットと愛国』など多数。
◆もう一冊
『それは丘の上から始まった』後藤周著(ころから)。横浜の朝鮮人虐殺の全貌を記述。