「そこに物語があり、人がいる」作家・櫛木理宇が選ぶ、新潮文庫のノンフィクション作品3選

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  • 朽ちていった命
  • 累犯障害者
  • 破獄

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そこに物語があり、人がいる

[レビュアー] 櫛木理宇(作家)

『ホーンテッド・キャンパス』や『鵜頭川村事件』などを著作に持つ小説家・櫛木理宇さんが、人間がそこに生きていると思わせてくれるノンフィクション作品3冊を紹介。

櫛木理宇・評「そこに物語があり、人がいる」

 こうしてお仕事をいただけたから媚びて言うわけではなく、わたしの読書遍歴はまさに新潮文庫とともにあった、と思っています。

 新潮文庫で純文学を嗜み、エンタメを楽しみ、SFに心躍らせ、ミステリーに耽溺し、各作家のエッセイに目をひらかされ……といったふうに歳を重ね、成長してきました。ですので、あらためて「三冊選んでくれ」と言われると非常に迷――うかと思いきや、意外と迷いも悩みもせずにすんなり選べました。

 いわゆるルポルタージュ、ドキュメンタリーと呼ばれるジャンルです。

 人は“物語”と聞くと真っ先にフィクションの小説や映画を連想しがちですが、ノンフィクションの中にこそ物語はあり、人間がそこに生きている、と思わせてくれる三冊です。

 一冊目はNHK「東海村臨界事故」取材班『朽ちていった命―被曝治療83日間の記録―』。

 1999年9月に茨城県東海村で起きた被曝事故の詳細なドキュメンタリーで、言わずと知れた名著です。

 ウラン燃料の加工作業をしていた作業員二人が、多量の中性子線を浴びて被曝。結果的に二人とも死亡するのですが、その場で即死したわけではありません。被曝によって全身の細胞、臓器、染色体を破壊され、一人は八十三日、もう一人は二百十一日もの間、死と闘った末に敗北します。

 本書は彼らの死への道程を、残酷なほど克明に追います。再生能力を失い、朽ちていくだけの皮膚。急激に減少する白血球。壊死する一方の細胞と粘膜。人体が文字どおり、“総崩れに崩れていく”のです。

 その壮絶さは、なまなかなホラー小説ではとうてい太刀打ちできない臨場感と、生理的恐怖に満ちています。またこの二人が高濃度のウラン溶液を、バケツと漏斗を使って手作業で沈殿槽に流し入れさせられていた――という恐るべき杜撰さも、われわれの心胆を寒からしめます。

 二冊目は山本譲司『累犯障害者』。

 筆者の山本氏は、詐欺と政治資金規正法違反で実刑判決を受けた元衆院議員。彼はいざ刑務所に入ってみて、障害者や認知症の受刑者たちの多くが、医療刑務所でなく一般刑務所に入所している事実に驚いたと言います。懲役作業で彼らに仕事を割りふり、介助や下の世話をしていた筆者だからこそ書ける、渾身のルポルタージュです。

 知的障害があるのに、福祉と繋がることがなかった犯人たちの悲劇「下関駅放火事件」「浅草・女子短大生刺殺事件」。障害者年金を詐取され、ヤクザの食いものにされる障害者たちの現実を描いた「宇都宮・誤認逮捕事件」等々、福祉の枠からこぼれ落ちてしまった人々の悲哀が次々と紹介されていきます。

 出色は、前述の「浅草・女子短大生刺殺事件」の犯人の家族を描いたくだりでしょう。長男である犯人が逮捕されたことで、皮肉にも彼の一家ははじめて福祉団体と出会います。父親は五十八歳にして知的障害ありと認定され、癌患者の妹もようやく支援を受けるのです。個人的には、もっともっと多くの人に読まれてほしい一冊です。

 三冊目はもうすこしエンタメ性の強い本を、ということで吉村昭『破獄』。

 こちらは小説ですが、主人公にあきらかなモデルがおり、細部にこそドラマティックな脚色はあれど、ある意味伝記と言ってもいいような犯罪小説です。

 主人公は青森、秋田、網走、札幌と四つの刑務所から脱獄した「昭和の脱獄王」白鳥由栄。いまだと「漫画『ゴールデンカムイ』の白石由竹のモデルにもなった人物」と言ったほうが通じるのではないでしょうか。本書では“佐久間清太郎”の名で登場し、その脱獄を阻む看守たちとの闘いが描かれます。

 佐久間がなぜ犯罪にいたったか、彼の生い立ちは、などの背景はさらりとした説明にとどめ、脱獄をはかる主人公と、させまいとする看守たちとの熱い攻防戦のみに焦点が当たっているのが特徴で、犯罪小説でありながら読者にある種の爽快ささえ感じさせます。

 最後に、新潮文庫といえばやはりページ上部のギザギザこと“天アンカット”と“しおり紐”ではないでしょうか。このしおり紐は正式にはスピンというそうですが、やはりここは、しおりという美しい日本語を用いたいです。このご時世、天アンカットもしおり紐もコストがかかって大変でしょうが、今後とも是非このままで――と、新潮文庫ファンとしては切に願っております。

※[私の好きな新潮文庫]そこに物語があり、人がいる――櫛木理宇 「波」2024年8月号より

新潮社 波
2024年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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