『日記から』
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<書評>『日記から 50人、50の「その時」』坪内祐三 著
[レビュアー] 荻原魚雷(エッセイスト)
◆時代と街と人を描く
評論家・坪内祐三は2020年1月、61歳で亡くなるまで本にまつわる日記と酒にまつわる日記を連載していた。「酒中日記」は本人主演で映画にもなった。
日記の書き手は日記の類稀(たぐいまれ)なる読み手でもあった。
『日記から』は05年4月に毎日新聞で連載開始。最終回の「荷風とロッパの『2・26』」では「五十回の連載で、登場させる人物を毎回変えて行く。そして、その原稿が載る紙面の日附けの前後数日(できれば当日)の日記を紹介する」とルール(しばり)を明かしている。
第1回の夏目漱石の回は1909年4月の日記を読み解いている。新聞小説の連載前、「一向始める気色なし」と難渋していた。千字ちょっとのコラムの中で漱石が教職を辞し、小説家になった経緯、明治末の空気、さらに書きあぐねていた『それから』について緻密な構成で伝える。
日記文学のロングセラー・武田百合子著『富士日記』(中公文庫)からは76年9月21日の記。病床の夫・武田泰淳の食事(清(すま)し汁のはんぺん)をつづる。百合子に日記を書くことをすすめたのは泰淳である。この年10月、泰淳没。その後、『海』の武田泰淳追悼号に百合子の日記が掲載され、作家として世に知られることになる。9月21日の日付にも意味がある。
経済学者・小泉信三の青年時代の12年2月の日記には銀座のカフェ・プランタン、カフェ・ライオンが出てくる。その頃、作家や文学青年たちの間でカフェブームが起こっていた。
当時、小泉信三は慶應義塾大学の教員になったばかり。同大学の教授の永井荷風も銀座のカフェの常連だった。
本書は荷風の日記「断腸亭日乗」も取り上げている。荷風は他の人の日記の回にもちょくちょく登場する。主役、脇役どちらもこなす名優のようだ。
明治・大正・昭和…日記の中の何げない固有名詞に反応し、時代と町と人を描く。
日記は記録であると同時に文芸なのだと再認識した。
(本の雑誌社・1980円)
1958~2020年。評論家。『慶応三年生まれ 七人の旋毛曲り』など。
◆もう一冊
『昼夜日記』坪内祐三著(本の雑誌社)昼の坪内と夜の坪内の行動がひと目で分かる。