「声」がテーマの忍者小説にワクワクが止まらない! 縄田一男「私が選んだ本ベスト5」夏休みお薦めガイド

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  • 黒衣の歳時記
  • 雪渡の黒つぐみ
  • 蛍の光 長州藩士維新血風録
  • バタン島漂流記
  • 万両役者の扇

書籍情報:JPO出版情報登録センター
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縄田一男 私が選んだBEST5

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

黒衣の歳時記』の目次をペラペラと繰っていると、日々の売文に汲汲としつつ、このように文学と濃密な時間を過ごしていた若かりし日の事を想い出さずにはいられない。

 夏バテで弱体化している身には、斯くの如き文業の持つ、文学に殉ずる潔さが羨ましくてならない。

 小説現代長編新人賞を受賞した『雪渡の黒つぐみ』。これがデビュー作とは、桜井真城、末恐ろしい。

 南部家に仕える間者・間盗役の望月景信は、一子相伝の業・声色遣いの名手。自在に老若男女の声を操り、それを武器に戦う。

 間者でありながらとても人間味に富み、人が好い、新手の武器を持つ主人公景信。他の登場人物もキャラが立ち、物語の展開にワクワクが止まらない。

 方言の台詞もテンポ良く、いつかは異国の土になるかもしれない哀しい運命の者の、生の声を聞いているようでとてもリアル。

〈長州藩士維新血風録〉との副題をもつ『蛍の光』は、阿野冠初の時代小説。幕末から明治維新に材を得た小説は数多あるが、本書の視点、組み立て、そして着地点がとても興味深い。

「工学の父」山尾庸三と、「初代総理大臣」伊藤俊輔(後の博文)という二人の“相棒”の物語が、人生が、そして日本の近代史が、激動の時間の中で苦しみもがきながら展開していく。

「墓場まで持っていこう」と固く約束した二人だけの秘密。“蛍”に象徴される魂と、友情という命懸けの固い絆――小学唱歌の『蛍の光』が、今までと違って聞こえてくるようになる。

「板子一枚下は地獄」――この言葉が心底身に染みる圧倒的迫力で史実に残る海難事故を描いたのが『バタン島漂流記』だ。

 突然の大西風で、颯天丸は遭難。船頭以下十五人の水夫たちは、過酷な運命を、力を合わせ乗り越えようとする。だがその艱難辛苦は、まだ試練の始まりに過ぎなかった。

 水夫たち一人一人の人間性の描写が見事で、故に感情移入しやすく、苦しみ悲しみが胸に迫り、涙を禁じ得ない。「生きるためだ。(中略)石にかじりついてでも生き抜け!」。生命の讃歌、ここにあり。

 江戸森田座気鋭の役者・今村扇五郎を中心人物に、『万両役者の扇』は六つの短篇から成る。

 扇五郎と関わる事で己れの性根が炙り出されたそれぞれの主人公は、運命によって導かれるように“役者”に見立てられ、“主人公”として自らの人生を演じていく。

 一幕一幕、仰天する事態が起きるが、それがラストに向けて収斂されていく構成は、想定の斜め上をいく。各篇が絡み合うその展開には舌を巻く。

 人生が芝居か、芝居が人生か――始まり始まり。

新潮社 週刊新潮
2024年8月15・22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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