『わからないままの民藝』
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<書評>『わからないままの民藝(みんげい)』朝倉圭一 著
[レビュアー] 長谷部浩(演劇評論家)
◆人と出会い夢の暮らし実現
民藝を商う、民藝を求める。
店もお客も、器や道具を通して、お互いの考え、気持ちを伝えたくなるのが民藝。骨董(こっとう)趣味とは一線を画している。
朝倉圭一は、岐阜県北部高山市の中心から車で30分ほど離れた集落に、民藝店「やわい屋」を営む。築後、150年の古民家を移築し住居兼店舗を開いている。経済効率よりは、自らが惚(ほ)れ込んだ空間を手に入れ、そこで生業を営み、暮らすことの幸福が伝わってくる。飛騨では、「支度をする」ことを「やわいをする」と言うのだという。
本書の白眉は、第3章「工藝店『やわい屋』の物語」にある。高山生まれの朝倉は、30歳のアルバイトだった。アパート、壁紙や床やテーブルに違和感を抱いたところから、すべては始まった。単に民藝店を開くのであれば、手っ取り早い道はあったろう。けれど、古民家を購入して改装するのではなく、新たな土地を求め、移築する道へと導かれていく。元警察官で引退後、不動産屋をはじめた白栗(はくぐり)さん、古民家を手がけてきた現代の匠(たくみ)、上町(かんまち)さん。受け入れてくれた集落の人々。探し始めてから2年。夢の実現へと一歩一歩近づいていく様子、「やわいをする」姿が活写されていて、どきどきするくらい面白い。
第1章の「民藝の百年を遡(さかのぼ)る」は、独特の視点が明解に打ち出される。単に歴史をたどるのではない。「当たり前」の暮らしを送るには、どんな考えが必要か。夢の実現には、現実の制約を乗り越える精神力が必要だ。「社会の一員として周囲と交わり、良好な関係を結びつつ、迷惑をかけ他者による迷惑を許して、心穏やかに平穏な心持ちで暮らすこと」。資金面や土地の選定、改装とその材に至るまで、毅然(きぜん)たる生き方を貫いている。しかも柔軟であろうとする。だからこそ偶然の出会いに恵まれる。
著者は、民藝に惚れている。しかも、言葉の人である。よく調べ、よく考え、よく書く。ここには理想と生活が示されている。
(作品社・2970円)
1984年生まれ。民藝の器と私設図書館「やわい屋」店主。
◆もう一冊
『手仕事の日本』柳宗悦著(岩波文庫)。風土に根ざした全国の民藝を紹介。