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夏の終わりといえば日記。文庫になった珠玉の日記文学たち
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
『断腸亭日乗』が岩波文庫に入った。
すでに文庫化されているのでは? と思う人もいるかもしれない。既に出ているのは『摘録』で、永井荷風が四十一年余りの長きにわたってつけてきた日記全文が文庫になるのは今回が初めてとのこと。
第一巻は大正六年から十四年で、大正十二年の関東大震災当日の日記も含まれる。同姓同名の人と間違えて借金取りが来たり、弔電が届いたりするなど、日常のちょっとしたできごとのちょっとした記述がやはり面白い。
『俳人風狂列伝』で知られる、理髪師にして俳人の石川桂郎『妻の温泉』(講談社文芸文庫)には「鶴川日記」が収められている。
鶴川と言えば白洲次郎・正子夫妻が暮らした場所で、石川は夫妻の隣人にあたる。日記には白洲邸が堀田善衞『広場の孤独』の映画撮影に使われたときのことが出てくる。ロケバスの運転手が石川の妻の古い知り合いとわかるところなど、そのまま短篇小説のようだ。
藤原マキ『私の絵日記』(ちくま文庫)の英語版が先日、アメリカ・アイズナー賞の最優秀アジア作品賞を受賞した。古道具屋で病気の歯の標本を買ってきたりする「オトウサン」は、夫のつげ義春で、無心に標本のほこりを払う「オトウサン」を描く絵はかわいくて、ちょっと怖い。
井上靖「猟銃」を原作とする舞台を二〇二三年春にニューヨークで上演した日々を描く、中谷美紀『オフ・ブロードウェイ奮闘記』(幻冬舎文庫)は、激動の六十日間をほぼ毎日、びっくりするほど率直に記録している。
相手役は世界的バレエダンサーのミハイル・バリシニコフ。演出家のフランソワ・ジラールともども超一流だが、とにかく毎日がトラブルの連続で、舞台装置や演者のコンディション、メディア対応など何かしら問題が起きる。著者は、日本とは勝手の違う環境の中で柔軟に対応しつつ時に対立も恐れず粘り強く交渉する。
戦争やコロナの影響が舞台芸術の世界にも影を落とす。アーティストどうしの真摯な会話も胸に残った。