『オパールの炎』
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<書評>『オパールの炎』桐野夏生 著
[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)
◆姿消した女性解放運動家
一世を風靡(ふうび)した女性解放運動家は、なぜ姿を消したのか? 数々の証言から、実像を追う長編小説である。
塙玲衣子(はなわれいこ)は、1945年に生まれた。京都大学薬学部出身の知識を持って「ピル解禁同盟(ピ解同)」を72年に創設し、ピンクのヘルメットをかぶった派手なパフォーマンスで時の人となるが、宗教団体や新党を作って参院選で惨敗、「専業主婦になる」と宣言して引退した。消息不明のまま「あの人は今?」的な週刊誌記事に載って以降、塙に関する記述はない。あるライターが塙に関心を抱き、わずかな手がかりから取材を始める─。
物語は3章から成り、関係者の証言を連ねるかたちで進む。塙の助力を得て夫の不貞を糾弾した女性、元同志、記者、幼なじみ、元夫ら、情報を得ては聞き歩くが、塙はどの人ともぷっつりと縁が切れていた。肯定的な人、恨んでいる人、人々の語る塙の姿は多様で、「本当のこと」はどこまでもわからない。それでも証言をつなぐと、世間から忘れられた女性をめぐる社会が描き出されてくるのだ。
主人公の塙玲衣子は、70年代に注目を集めた「中ピ連」代表、榎美沙子さんをモデルにしている。日本で低用量ピル(経口避妊薬)は99年に解禁され、国連加盟国の中で最も遅い承認だった。女性が自分の身体を自分で管理するという、塙の主張そのものは正しかったが、声を上げたことで、何かえたいの知れないものに取り巻かれる。“調和”を乱すと排斥されるのはいつの時代も、どこでも起こることだから、本書は現在も引き続く問題を捉えた、読者と共振する物語だ。思い通りにならないと排斥するばかりでは、前に進めない。
人は繊細で、誰かの証言だけでは捉えきれない多面性を持っている。また、関心を抱いて知ろうとしなければ、その人も世の中も見えてこない。望みや感情という、ちらちらと燃える綺麗(きれい)な炎を消さずにいられるといい。半世紀前に運動を起こした女性の姿を通して、多くのことを考えさせられる物語だ。
(中央公論新社・1870円)
1951年生まれ。作家。著書『OUT』『柔らかな頰』『日没』など。
◆もう一冊
『燕は戻ってこない』桐野夏生著(集英社文庫)。代理母出産を題材にした長編小説。