『ツミデミック』
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祝! 『ツミデミック』 直木賞受賞 一穂ミチ 特別寄稿エッセイ
[レビュアー] 一穂ミチ(作家)
このたび、弊誌に掲載の短編を編んだ一穂ミチさん『ツミデミック』がめでたく直木賞を受賞しました。
一穂さんは三度目のノミネートで見事受賞。光文社としては一九六七年の生島治郎さん『追いつめる』以来、五十七年ぶりの受賞となりました。受賞ほやほやのエッセイをご寄稿いただきました。
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光文社さん、五十七年ぶりの直木賞だそうですね、おめでとうございます。
……と、どこから目線かわからない書き出しで恐縮だが、本当に、そういう心境でいる。
ノミネートの時点で、すでに大きな驚きがあった。『ツミデミック』は二〇二三年十一月刊行、原則的には二〇二三年下半期の選考対象のはずが、二〇二四年上半期の候補作にぬるっと入り込んでいた。裏取引などはない。光文社にそんな権力があったら五十七年も空いていない。日本文学振興会から電話をいただいた時、三回目のノミネートで初回よりびっくりすることあるんだ、と思った。光文社の担当編集者ももちろん「えっ……?」とびっくりしていた。
このような経緯を他社の編集者に話したところ、「じゃあ光文社さんも一穂さんも、『きょう(候補の)電話がくるかも……』ってそわそわすることなく、報(しら)せが飛び込んできたんですね。それってすごく幸せ!」と言われた。
なるほどそうだな、と思い、その会話をまた光文社サイドにお伝えすると、反論があった。
「僕たちは去年ちゃんとがっかりしてたんですよ!」
「えっ、そうだったんですか?」
「そりゃ、一穂さんには言えませんよ……」
親の心子知らず、編集者の心作家知らず(※逆パターンもあり)とはこのことで、ごめーん、と思った。そして候補になったはいいが、その先の展開を想像すると当然悪いパターンも浮かんでくる。往々にして「軽さ」がネックになる短編集だし、巷(ちまた)でバズってもいないし、以前候補になった二作品から格段に上達したってわけでも(たぶん)ないし……。クリスタルキング『大都会』の「期待とォ不安が~ひとつになってェ~」というフレーズがリフレインする。
そして運命の日、受賞の電話を受けて右腕を高く上げた。カフェの狭い個室は編集者の歓声ではち切れそうになり、焦ったわたしは慌てて壁に向かい、片耳に指を突っ込んで電話を続けた。あの瞬間の皆さんの顔をよく見ていなかったことは、今でも悔やまれる。焼きつけておくんだった。
受賞会見後の二次会で、居酒屋に現れた光文社の某さんは、会見時のプレスシールをシャツに貼りつけたままだった。湿布くらいのサイズでけっこう目立つのに。「シールつけっぱなしですよ!」と言うと、にこにこしながらシールを撫(な)でた。
「嬉しいから、つけたままにしてるんです」
嬉しかった。自分の小説で、こんなに誰かを嬉しくさせることができた。弾けるような歓喜ではなく、じんわりと温かな喜びが沁(し)みてきた。
だからやっぱり、光文社さん、おめでとうございます!