『スイマーズ』
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『スイマーズ』ジュリー・オオツカ著
[レビュアー] 宮内悠介(作家)
各国で高い評価を得ている日系アメリカ人作家、ジュリー・オオツカ。本書はその三作目で、取りつかれたようにプールに通う人々と、母の認知症の物語だ。
第一章と第二章は、地下深くのプールに集まる人々の話。そのなかに一人、アリスという初期の認知症の女性がいて印象を残す。やがてプールの底に小さなひびが見つかり、皆のあいだに不安が広がっていく。プールは閉鎖されてしまう。
第三章はアリス当人について。彼女は何を覚えていて何を覚えていないのか。ビートを刻むようにそれらが列挙され、彼女の生涯が浮かび上がる。第四章はいわば新たなるプール、介護施設の紹介。最後の第五章は、認知症を進行させる母とそれを支える父、そして著者本人と思われる「あなた」のこと。ここにもまたなんらかのひびがある。
私小説的でありながら、「わたしたち」といった人称が駆使され、さまざまな声が重奏的に響きあっていく文体は、深刻なテーマを扱いながらも、不思議な清涼感がある。静かに心を打ち震わせる、滋味のある一作だ。小竹由美子訳。(新潮クレスト・ブックス、2035円)