『きれいに生きましょうね 90歳のお茶飲み話』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『きれいに生きましょうね 90歳のお茶飲み話』草笛光子著
[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞特別編集委員)
自分に甘えず 独歩貫く
草笛光子、まもなく91歳。舞台、映画、テレビなどの芸能界にあって74年。なぜかくも若々しく、凜(りん)としていられるのか。誰もが思う疑問は本書を読むとたちどころに氷解するだろう。その秘密はお母さんとの合言葉にあった。
「きれいな心で生きましょうね」
何があろうと、嘘(うそ)をついたり、他人を押しのけたりするのはやめましょう。卑(ひ)怯(きょう)な仕打ちや理不尽な目に遭っても、そこに塗(まみ)れることなく毅(き)然(ぜん)としていましょう。それではどうしてそれを貫くことができたのか。
本人の言う「反逆児精神」があったからであり、独立独歩の世界を持ち続けたからに違いない。東宝に移籍して劇作家の菊田一夫に言われた。「お前さんの名前は寂しいね。草笛って、ピーッて寂しい音だぞ」。「よし、寂しい名前なら、寂しくない生き方をしてやれ」と改めて心に誓うのだった。だから、東宝を離れた後、大手の事務所や劇団などに所属することなく、「天涯孤独」を通すことができたのだ。
この人は決して自分に甘えない。「老いとは億劫(おっくう)との戦い」であり、「億劫がる自分との戦い」なのである。その戦いに勝つ秘(ひ)訣(けつ)は「元へ戻れ!」。「昨日の私、一昨日の私に戻れ!」である。そうやって自分を叱り、週に1回、2時間のトレーニングを欠かさないのである。
光子さんの執念深さも尋常ではない。大(おお)晦(みそ)日(か)の買い物帰りにバイクの中年男にハンドバッグをひったくられた。警察に通報したら、ひったくり犯はナンバープレートをひっくり返して読めないようにするという。それから毎日、男の行方を捜し回り、駅前やスーパーの駐輪場を歩いてバイクを一台一台調べ歩いた。
犯人は見つからなかった。しかし、続いていたひったくり事件はパタッと止(や)んだ。散歩で顔を合わせた人たちに、「私、絶対に捕まえる。ただじゃおかない。殺してやるから」と言い触らした。その甲斐(かい)があったようなのだ。(文芸春秋、1870円)