『消費される階級』
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<書評>『消費される階級』酒井順子 著
[レビュアー] 原武史(放送大学教授、明治学院大学名誉教授・政治思想史)
◆「差」と「別」に鋭い視点
かつて「1億総中流」と呼ばれた時代があった。自分を中流階級と考える国民が大多数を占めた時代のことだ。しかしそんな時代でも、真の平等とは程遠い「差」や「別」が至るところにあった。男が主で女が従という観念は、まだ社会の隅々にまで根を下ろしていた。
21世紀に入り、あらゆる「差」や「別」を解消しようとする世界的な潮流が、日本にもひたひたと押し寄せてきた。本書はこうした流れが日本社会にどういう影響を及ぼしているかを、著者ならではの鋭い視点から描き出している。
中でもうならされたのは、皇室に対する著者の視点である。「上る」「下る」という京都の地名が示すように、天皇はもともと空間的に「上」の存在だった。明治以降、天皇は日本社会の頂点に君臨するとともに、京都から東京に移ることで「上京」の意味も変わった。そして皇室は戦後もなお、身分制の「飛び地」として維持されたのだ。
日本社会にまだ「差」や「別」が多く残っていた時代には、皇室の地位も比較的安定していた。しかし「差」や「別」があってはならないという見方が広がるにつれ、その安定に揺らぎが生じるようになる。
現行の皇室典範は、皇位継承資格を「男系の男子」に限定し、女性天皇も、母親しか皇統に属さない女系天皇も認めていない。一方で世論調査では、国民の8割以上が女性天皇はもちろん、女系天皇にも賛成という結果が出ている。
「さらなる平等化に向かっている今、皇室内に冷凍保存されている様々(さまざま)な『差』や『別』は、世間の感覚とかなり乖離(かいり)しつつあります。皇室を存続させるのであれば、そろそろそのズレをどうにかする時が来ているように思えてなりません」
著者のこの言葉は、まさに問題の本質を突いている。身分の「差」と男女の「別」。この「差」と「別」を抱えたまま皇室が首都東京の中心に存在していることの負の側面を、見事に言い当てているからだ。
(集英社・1870円)
1966年生まれ。エッセイスト。著書『負け犬の遠吠え』など。
◆もう一冊
『下に見る人』酒井順子著(角川文庫)