『シン・オーガニック』
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<書評>『シン・オーガニック 土壌・微生物・タネのつながりをとりもどす』吉田太郎 著
[レビュアー] 湯澤規子(法政大教授)
◆柔軟性に富んだ生命観
「なんとまぁ絶妙な仕掛けを創りあげたものよ」。著者のこの感嘆は、人間や科学やテクノロジーに向けられたものではない。それは38億年の生命史に対する畏敬の念の表明である。
最近ちまたで普及し、定着している「オーガニック」が認証によるビジネス化、フードテクやゲノム技術を駆使してフランチャイズ化できる「汎用(はんよう)型」有機の世界だとすれば、本書が論じるのは、マニュアル化、言語化することが困難な、「百姓の暗黙知」によってのみ体得しうる「非汎用型」、「風土立脚型」の有機の世界である。一口で「オーガニック」と言っても、自然への向き合い方に違いがあるという理解は重要だ。タイトル「シン・オーガニック」の含意はそこにある。
土壌・微生物・タネはいずれも、私たちの目に触れにくいだけでなく、人知をはるかに超えた複雑極まりない世界を形成している。これまでそれらは「スピリチュアル」という言葉で一括され、一蹴されがちであった。著者はその言葉を極力排して論じていく。ブラックボックスとなっていた有機農業のメカニズムを最先端の知見、古今東西の研究を可能な限り集め、人に会い、実践を歩き、解きほぐし、照らし合わせ、多くの人に届く言葉で説明を試みるのである。
選択と拡大によって大規模に、テクノロジーによってよりスマートにというスローガンにむやみに賛同するのではなく、小さくてローカル、しかし深く複雑に循環する数多(あまた)の関係性に目を凝らす先に未来を展望する。人為を過信することなく、謎に満ちた自然現象に対して謙虚に学び続ける。それは弱肉強食とは一線を画す、柔軟性に富んだ生命観「共生(シンバイオシス)」を軸に据えた世界へのパラダイム転換、知の体系の再考をも促しているように思われる。
本書の膨大な情報と経験知を前にして、汗を拭きながらフィールドを歩く著者の背中と農業者と共に培ってきた厚く長い信頼を思う。それを実感することができる各章末の引用文献まで必見である。
(農山漁村文化協会・2530円)
1961年生まれ。フリージャーナリスト、日本有機農業研究会理事。
◆もう一冊
『有機農業ひとすじに』金子美登(よしのり)・金子友子著(創森社)