『名探偵の有害性』
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探偵の糾弾や全否定とは一線を画す批評性に富んだ大人二人の成長物語
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
推理小説に親しんできた読者には特に刺さる批評性を含みつつ、怒涛のエンタメとして十二分に楽しませてくれる長篇。
約三十年前、平成の頃に名探偵ブームがあったという設定だ。当時一世を風靡した探偵、五狐焚風の助手だった鳴宮夕暮は、令和の現在、五十歳となり東京・亀戸で実家の喫茶店を継いで経営している。が、客からは店主は夫で、彼女はあくまで「マスターの奥さん」とみなされている模様。ある日店に五狐焚がきて、二人は二十年ぶりに再会を果たす。その折、YouTubeの人気チャンネルで「“名探偵の有害性”を告発する!」という配信が始まり、五狐焚が槍玉に挙がる。そこで五狐焚と夕暮は過去に自分たちが解決したはずの事件を検証する旅に出る。
彼らが訪ねる場所も、そこで起きた事件もさまざま。行方不明だった兄が〈人体の神秘展〉で骨格標本となって展示された謎、山奥のペンションで起きた連続殺人事件、爆弾が仕掛けられた豪華列車での決死の攻防、等々。再検証により判明する意外な事実も含めて、どれも謎解きを存分に味わわせてくれる。が、夕暮たちの心に湧き上がるのは、自分たちの推理は完全だったのか、その後の行動は適切だったのか、という忸怩たる思い。彼らはやがて、自分たちを批判している件のYouTuberとも対峙することとなる。
探偵が糾弾され、彼らが反省し、しんみりとして終わる話ではない。熱く探偵愛を語るミステリマニアが登場するなどしてさまざまな意見が飛び交い、単に探偵を全否定する内容とはなっていない。そのなかで、五狐焚も夕暮も自らの価値観を見直し、変わっていくのだ。特に、今も昔も男性の添え物扱いされ、それに順応してきた夕暮が自立心を獲得していく様子が頼もしい。誠実な姿勢で“中高年の危機”を乗り越えていく、大人二人の成長物語としても堪能できるのだ。