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子供を捨て、女を捨て……今を生きるためにあらゆる枷を捨てた女たち
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
自らの女性性と対決する。
佐宮圭『男装の天才琵琶師 鶴田錦史の生涯』は、琵琶演奏に西洋音楽と切り結べる現代性を導入し世界を驚嘆させた革命児を描いた評伝である。かつて小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞し、『さわり』の題名で刊行されていた。
鶴田が評価を確立したのは、武満徹作曲の「ノヴェンバー・ステップス」を奏でた一九六七年十一月のニューヨーク公演である。当時鶴田は五十六歳、そこまでの半生は平坦なものではなかった。七歳から修練した琵琶を二十代で一旦捨て、実業家に転じている。食うためだ。結婚して産んだ子は養子に出した。不倫に走った夫とは別れ、妻として生きることも止めた。商売上の理由から、男装で暮らすようになった。愛する対象も女性に変わっている。
何としても生き抜くという意志が鶴田にはある。再び音楽界に戻ってきたとき、日本は高度成長の坂を上っていた。鶴田は琵琶の伝統にこだわらず、現代人の心に響く音を奏でようとする。今を生きるためにあらゆる枷を捨てたのだ。まず女を。
金子ユミ『女形と針子』(小学館文庫)は明治期を舞台にした時代小説である。女形だった弟が失踪したため、姉の百多は身代わりになることを決意、衣裳屋の職人・暁の知恵を借りつつ、役者として生き始める。
女性が歌舞伎の舞台に立つという最大の禁忌を冒した百多には常に露見の危険が付きまとう。そのスリルがたまらない。明治時代は歌舞伎が舶来の演劇に押され、存続の危機に晒された時期であった。これもまた西洋対日本伝統芸能という図式の物語なのである。
女性が自らの性を直視する物語を桐野夏生は書き続けている。その原点の一つが長篇『柔らかな頬』(上下巻、文春文庫)だ。
愛人との情交にのめりこんでいた森脇カスミの人生はある日一変する。五歳の長女・有香が行方不明になってしまったのだ。必死に娘を捜し歩きながらカスミは、自分を縛るものの正体に気づいていく。作者は身体からもぎ取るようにしてカスミの中にある哀しみが何かを明らかにし、描いた。