「まさに媚薬のような機器ですね」人類の未知の領域に踏みこんだ壮絶なサスペンス小説を描いた山田宗樹の創作の裏側とは?

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鑑定

『鑑定』

著者
山田 宗樹 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414708
発売日
2024/09/03
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

山田宗樹の世界

[文] 内田剛(ブックジャーナリスト・本屋大賞理事)

「そもそも、人間の精神に正常な状態なんてあるのかな」

〈夢の国〉実現のために頻発する不可解な惨劇。暴走した犯人たちの脳に何が起きているのか? 目には見えない支配に弾ける狂気。人間の思考の根幹を揺るがす物語。

 斬新なアイディアと圧倒的なリーダビリティで読者を魅了し続ける山田宗樹。

 新作『鑑定』もまた人類の未知の領域に踏みこんだ壮絶な一冊である。

 読みどころを中心にその創作の裏側を聞いた。

◆脳という未知の領域から始まるエンターテインメント小説の発想

内田剛(以下、内田) 『鑑定』の構想はどこから生まれたのでしょうか。

山田宗樹(以下、山田) 『サピエンス全史』を読んでいた時に「精神的な寄生体」が出てきて、とても面白い言葉だと感じました。確かに「思想感染」という言葉が昔からありましたが、その思想自体が何か意志を持っているかのように、人間の体内でどんどん広がっていくっていうイメージが、「寄生体」という表現になっていてとても新鮮に響いたんです。自我を麻痺させ、精神を支配する「寄生体」。これで一つのエンターテインメントができないかなと考えました。

内田 コロナ感染での緊急事態宣言がありましたよね。非日常の世界が作品に影響していますか。

山田 きっかけとしては直接的な影響はないですが、話の展開のさせ方には、多分影響していますね。

内田 「感染」に「寄生」といえば無意識のうちに、新型ウイルスの記憶が呼び寄せあったのかもしれませんね。

山田 社会がコロナを「なんかわけのわからないものが出たぞ」といったところから、いろんな情報が錯綜しながら、少しずつ正体がわかってきた。今回の『鑑定』の中でも、精神寄生体のことについては、最初はよくわからない感じで、立てた仮説が必ずしも正しいわけではなく、少しずつ近づきながらも、それでも近づききれない展開にしてあるんです。だから今の社会であれば、リアルに受け止めてもらえるのかなと思いました。

内田 脳の世界って本当によくわからない、ということが『鑑定』を読んでてよくわかりました(笑)。──タイトル『鑑定』は核心を突いたような印象ですが。

山田 角川春樹社長のアイディアなんです。このタイトルは私からではちょっと出てこないですよ。余計なものが排除されていてこれはいいと、使わせていただきました。

内田 展開も見事ですが、どのように書き進めたのでしょうか。

山田 例えば、今回「エモーション・コントローラー」が出てきますが、最初はなかったんですよ。

内田 「エモコン」はストーリーの鍵となる医療機器。作中では「だれもがタップ一つで自分の感情を思いどおりにできる」と説明がありますが、まさに媚薬のような機器ですね。

山田 書き出してみて違和感があって、最初はホラーっぽいものにするつもりだったのですが、どうしてもしっくり来ず、それならいっそテクニカルなイメージでいこうと「エモコン」を出しました。着地もその時点では考えてなくて、とにかく読者を引っ張りながら面白くしていこうっていうことで、少しずつ前に進めていって。着地を考えたのも本当に後半になってからです。

内田 「エモコン」は負の感情を解消してもくれれば、恍惚感や万能感も生みだす。両刃の剣のようです。「エモコン」は山田さんの中で具現化しているのですか。実際にありそうですが。

山田 そうなんです。意識していることとしては、荒唐無稽な話ではあるんですけども、現実世界と繋がりそうだなっていうことを読者に感じてほしいなというのがあります。やっぱり、本当に起こるんじゃないかという楽しみ方をしてほしい。

内田 なるほど。

山田 ないんだけども、ひょっとしたらあるかもしれないという、際どい線を狙っています。

内田 最初は終末期医療の現場に導入されて、その後自宅で手軽に使えるようになる、この流れ、実際にありそうです。山田さんといえば「理系ミステリーの旗手」というキャッチフレーズがありますが、今回も鑑定シーンが詳細で引きつけられました。参考文献にありますけど、精神鑑定についてもかなり研究されたのではないでしょうか。

山田 ええ、すごくいい文献に巡り合って助けられました。

内田 特に被験者が「精神寄生体」に支配されているか調べる樹木画テストで「切り株」が描かれた場面が気になりました。

山田 枝葉がまったくなく、裸の切り株ですね。被験者が自分の力ではどうにもならない深刻な状況にあることを示している。こういう実例はあるけども、非常に稀であると書いてありました。

◆小説世界のリアリティを現実とどのようにつなげるか

内田 やはりリアリティですよね。いろんな惨劇のシーンもまた目を背けたくなるぐらいに迫真です。特に第四章の「決壊」のところ。地下街や電車内のシーンなど極めて怖い。でも、不思議な既視感があります。実際に起こった事件を意識されているのでしょうか。

山田 いや、こういう事件はできれば現実にあったものとは結びつけたくないですね。この話を書いてみると、やはり地下街はどうしても必要な場面でした。書く以上は、やはり読者を引き込んで、緊張感を感じてもらわないと、そこはエンターテインメントですから。

内田 そうですね。見事にはめられました。この第四章「決壊」は、映画の一シーンのようでした。音や絵を浮かべながら書かれたのでしょうか。

山田 ここは仕掛けがあります。あの部分だけ群像劇のようになってるんですね。実は三段階になってて、最初は少し地味なんですけども新聞記事のように事件が淡々と並ぶ。あれが第一段階です。

内田 まずは事実があってですね。

山田 決壊が始まって、地下街テロで再び、それまで出てこなかった人物が次々と出てくる。ここまでが仕掛けになっていて最後が地下鉄なんで。地下鉄のシーンの前に、神谷葉柄と遠藤マヒルの二人が接近し、最後刺すのかどうするか、まで行きますが、サスペンスが盛り上がったところで、再び群像劇が始まるっていう流れです。

内田 絶妙のタイミングですね。

山田 読者は、その地下街のテロを読んでるので、群像劇がまた始まるぞっていう意識が強まると思ったんです。ただでさえ、神谷葉柄と遠藤マヒルのサスペンスが盛り上がってるところに、その群像劇が重なるように始まって、さらに輪をかけて緊迫度みたいなのが高まるんじゃないかなと。

内田 決壊のシーンはそういうことですよね。

山田 それなんですよ。クライマックスの最後の流れが一つに交錯するところです。これは非常にうまくいったと思います。

内田 地下街の無差別殺人は、これまで出てこなかった人間たちのいろんな生活を呑みこむことによって、一気に決壊して広まる。その転換が見事です。――キーマンである神谷葉柄の名前が印象的です。名前に込めた意図はありますか。

山田 「葉柄」は私がお世話になってるディーラーの整備士さんの名前です。 名刺をいただいた時にすごくいい名前だなと思って使わせてもらいました(笑)。

内田 葉柄の「葉」が葉脈のようで脳の中のシナプスにも繋がり物語を象徴するようなイメージです。

山田 実はすごい単純な理由でして(笑)。

内田 「退屈男」=神谷葉柄と「氷の君」=遠藤マヒルの、微妙な人間関係っていうのは、すごく今風だと思います。現実にもストーカー事件がありますが、善悪の激しい交錯をこの二人の関係性が象徴しているのではと思いました。神谷葉柄と遠藤マヒルが関わる〈夢の国〉にはインスピレーションがありましたか。

山田 これは作品のテーマに繋がると思うんですけど、「自分は正しい」と思ってしまうと人間はどこかおかしくなってしまうと感じます。象徴的な言葉として〈夢の国〉という言葉を出して、そういう行動原理をとる人物たちに意識させることを最初に考えました。そこにイデオロギー的な色とか、宗教的な色はつけたくなかったんです。そういうのができるだけないような言葉として〈夢の国〉が最適でした。

内田 例えばこれが〈神の国〉だとしたら宗教の話になりますが、〈夢の国〉では何かに支配されてるようなイメージです。怖いのは良かれと思ってやってることですね。自分にとっての正義で、〈夢の国〉を実現させるために、ふさわしくない人間を排除しようという、そこに怖さがある。

山田 似たような事例っていうのは、実際の社会にもすごくありそうですよね。

内田 不可解な事件が実際に多発していて、作家が考えるものよりも現実の方がそれを超えてると思いませんか。

山田 ええ。でも現実で予想外の事件が起きたからといって、書きにくいっていうのは、実はないです。確実にリンクはしてるけども、そう簡単に現実には重ならないような気がしますね。意識もしてないです。ただ、やはりどこかで、社会で起こっていることに対する自分の思いみたいなものが入ってしまうのかなとは感じます。

内田 意図的じゃなくてですね。

山田 あくまでプロセスは、エンターテインメントとして書いてる。物語の世界に入り込んで、その複数の世界を楽しんでほしいというのが、まず第一にありますので、自分の主義主張を込めようっていうのはないんですけど、どうしても漏れてしまうっていうのは、多分止めようがないのでしょうね。やはり、自分が悪いことをしているという意識があるうちは、悪として本物じゃないだろうなっていうのはあるんですよね。歴史上、本当に大勢の命を奪った独裁者たちは、大体、自分は絶対的に正しいっていう考えのもとで、色々行動したり、決断したりしてきたと。そういう「善」を信じてるっていうのが一番厄介ですね。

内田 確かに悪いことをしたと思ってるうちはまだ救いがある。戦争が終わらない今この世界を見ていると、やっている本人たちにはそれがたったひとつの正義なんですもんね。

山田 戦いを終わらせるために爆撃したり、説明できないようなことが起きます。

内田 そういう人たちにこそ山田さんの物語を読んでいただきたいですね。今後取り組む作品の構想を教えてください。

山田 どちらかというと近未来になると思います。ただ今までの延長よりも自分を少しでも成長させたい。ハードルを高くして今までよりも一段高めたい。まだどうなるかわからないですが。

内田 読者も期待しますからね、これ以上のものを。

山田 そうなんです。自分の中ではそのつもりで書いています。

内田 最後になりますが、読者へのメッセージを聞かせてください。

山田 二度読み、三度読みできて、読み進めていくうちに、いろんなものが繋がります。とにかくエンタメ作品としての面白さを追求しました。思う存分に楽しんでもらえたら嬉しいです。

【著者紹介】
山田宗樹(やまだ・むねき)
1965年愛知県生まれ。『直線の死角』で第18回横溝正史ミステリ大賞を受賞し作家デビュー。2006年に『嫌われ松子の一生』が映画化、ドラマ化され話題となる。2013年『百年法』で第66回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。著書に映像化された『天使の代理人』『黒い春』などのほか、『ギフテッド』『代体』『きっと誰かが祈ってる』『人類滅亡小説』『SIGNAL シグナル』『存在しない時間の中で』『ヘルメス』など多数。

角川春樹事務所 ランティエ
2024年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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