超能力バトルの興奮と警察捜査小説の醍醐味を味わえる『バーニング・ダンサー』など、暑い夏におすすめのエンタメ小説7冊

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  • バーニング・ダンサー
  • 檜垣澤家の炎上
  • いつか月夜
  • 私の死体を探してください。
  • 深淵のテレパス

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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

暑い夏におすすめのエンターテインメント小説7冊を書評家・大矢博子さんが紹介。

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 冬の贅沢に、暖房の利いた部屋でアイスクリームを食べる、というものがある。であるならばこの猛暑、冷房を利かせて熱いものを食べるというのもアリなのでは──と思ったのだが、熱い料理を作るという行為を想像しただけで疲れた。お湯を沸かすことすらしたくない。台所を預かる家族に「暑いから素麺でいいよ」と気を利かせたつもりで言ってしまう皆さん、あれ、茹でるの地獄ですからね?

 思わず日常生活の愚痴まで漏れてしまったので方向転換。だったら涼しい部屋で暑い・熱い小説を読むというのはどうだろう。どうせなら燃えるほど熱いものを。ってことでまずは、人体が燃えてしまう阿津川辰海『バーニング・ダンサー』(KADOKAWA)から始めよう。

 世界に百人、コトダマ遣いと呼ばれる超能力者がいきなり存在するようになった。それまで普通の人間だったのが、謎の隕石が落下してから突然、妙な能力を与えられたのだ。百人すべて異なる能力で、その人物が死ねばまた別の人物にその力が引き継がれる。

 そんなコトダマの力に「燃やす」というものがあり、その能力を使ったらしい殺人事件が起きた。ふたりの犠牲者のうちひとりは体が炭化するまで燃やされ、もうひとりは身体中の血を沸騰させられての死だ。その犯罪に対峙するのは、こちらもコトダマの力を持つメンバーによって構成された警視庁の特殊部署だった──。

 超能力バトルの興奮、警察捜査小説の醍醐味、それぞれ異なる力を持つ個性的な面々が集うアベンジャーズ的楽しみが一冊にぎっしりみっちり詰まっている。それだけでも充分面白いのだが、やはり阿津川辰海は騙してナンボの本格ミステリ作家なのだ。

 相手の能力が何なのか、それはどういう条件下で発揮されるのか、どんな使い方ができるのか。コトダマという特殊設定を実に巧みに使い、鮮やかに読者を騙す。うわあ、それか、それだったのかと何回ものけぞり、終盤のどんでん返しの波状攻撃には大興奮だ。これは熱い。

 人体が燃える話に続いては家が燃える話を。永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』(新潮文庫)はタイトル通り、檜垣澤家が燃える話である。

 舞台は大正。貿易商・檜垣澤商店当主の妾の子として誕生した高木かな子は、七歳の時、母の死で檜垣澤家に引き取られる。女系が力を持つこの家では父の妻である大奥様のスヱが万事を取り仕切り、その長女にもすでに三人の娘がいた。妾腹でまだ幼いかな子の入る隙はどこにもない。そんなある日、次の当主である婿養子が不審な死を遂げた──。

 金持ちの家に引き取られた妾の子、というと『小公女』的なベタな展開を予想するが、その予想はどんどん裏切られていく。なんせこのかな子がめちゃくちゃ賢いのだ。計算高いと言ってもいい。しかし所詮は子どもなので、利用したつもりがされていたりということもあり、その頭脳戦がそりゃもうエキサイティングなのである。はたしてかな子は檜垣澤家の中でどう成長していくのか、眼が離せない。

 大正の上流階級の絢爛さは『華麗なる一族』のようだし、姉妹の人間模様は『細雪』を思い出す。その一方、大正デモクラシーや戦後不況、スペイン風邪など時代の描写も厚い。ミステリ、時代小説、家族小説、成長小説のすべての醍醐味の詰まった一作だ。永嶋恵美のここまでの代表作だと断言してしまおう。

 人と家が燃えたところでやっぱり暑くなったので、涼めそうなものを──と選んだのは寺地はるな『いつか月夜』(角川春樹事務所)だ。冬の夜に散歩するというその設定だけで涼しい。普通に考えれば涼しいどころか寒いはずなんだが、猛暑が感覚をバグらせている。

 一人暮らしで会社員の實成は漠然としたモヤモヤに襲われることがあった。そんな時には外に出て、静かな夜道をひたすら歩く。ところがある夜、歩いている最中に同じ会社に勤める塩田さんと出くわした。塩田さんは中学生くらいの女の子と一緒で何やら事情がありそうなのだが、實成は何も尋ねず、ただ一緒に歩く。そうこうしているうちに、夜の散歩のメンバーが増えてきて……。

 寺地はるなの描く「日常」は絶品だ。数々のエピソードを淡々と描いているようでいて、それぞれ皆、何かを抱えているのが静かに伝わってくる。抱えているそれと戦ったり、見ないふりをしたり、持て余したり。おかしいと思ったことや理不尽に逆らえなかったり流されそうになったりしながらも、それでも踏みとどまるために歩く人たちのなんと愛おしいことか。

 特にいいのは登場人物たちの距離感だ。親しくなっても踏み込まない。踏み込まないが側にいる。とてもていねいな付き合い方。こういうふうに人と向き合えたら、どんなにいいだろうと思わせてくれる。夜、歩いてみたいと思った。もうちょっと涼しくなったら。

 月つながりで星月渉『私の死体を探してください。』(光文社)を。星、月、渉という名前だけで涼しいが、物語もなかなかに背筋を凍らせてくれる。

 人気作家・森林麻美がブログで自死をほのめかした。そして「私の死体を探してください。ミステリー作家の私から、みなさんに捧げる最後のミステリーです」という言葉を残して消息を絶つ。

 すでに書き上げたという遺作の原稿をどうしても手に入れたい麻美の担当編集者と、麻美の稼ぎで贅沢な暮らしをしていた無職の夫の思惑が交差する中、予約投稿と思われるブログ記事が次々と更新される。そこには過去に起きた事件の真実が暴露されていて……。

 実にテクニカルな構成だ。更新されるたびに驚かされるブログ、それに振り回される編集者や夫から次第に滲み出る不穏さ。「その先をもっと読ませんかい!」と本に向かって叫びたくなるような絶妙な章の切り替え。完全に著者の掌の上である。

 麻美は本当に死んでいるのか、ブログを小出しにしてくる目的は何なのか。終盤ですべてがつながったときの「あーーっ!」という驚きはまさにミステリの本懐と言っていい。麻美、編集者、夫のそれぞれの造形はやや類型的ではあるもののその分わかりやすく、夾雑物なくサスペンスを味わえる。すでにドラマ化が決まっているのも納得だが、重要なモチーフがブログや小説なので、やはり本書は「読んで」味わってほしい。

 暑いときに涼を取る読書といえばやはりホラー。上條一輝『深淵のテレパス』(東京創元社)は創元ホラー長編賞受賞作である。

 部下に誘われて大学生の怪談の会に行った高山カレン。出演者のひとりがカレンに向けてある怪談を語った、その日を境にカレンの家で妙な現象が起こり始める。開けておいたカーテンが閉まっていたり、パシャッという水気を含んだ何かが落ちるような音がしたり、ドブ川のような異臭がしたり。カレンは超常現象を調査するユーチューバーに助けを求めるが……。

 起きる現象は確かに不気味なのだが、むしろこの物語は謎解きの面白さが先に立つ。なぜカレンが狙われたのか。水のような音や異臭は何なのか。カレンに向けて怪談を語った女は何者なのか。これまでの怪談の会の観衆の中にカレンと同じ目に遭った人が複数いたことから調査の的を絞っていく様子は、まさにミステリの構造だ。怖いのは苦手で読めないという人でも、これは恐怖以外の要素に惹かれてぐいぐい読めてしまうだろう。いや、私がそうなんですが。

 特に、なぜカレンだったのかというくだりには感心した。まさかそれが伏線だったとは! 他にも、この作者の本格ミステリを読んでみたいと思わせるほど、ていねいな仕込みに唸る場面が多々あった。次作も楽しみだ。

 とまあ、暑くなったり寒くなったりと選書の寒暖差が激しくて風邪をひきそうなので、心に優しい青春小説を。名取佐和子『銀河の図書室』(実業之日本社)は『図書室のはこぶね』に続き、県立野亜高校が舞台だ。

 図書室で活動する宮沢賢治研究会、イーハトー部。だが部長の風見先輩が修学旅行のあと、急に高校に来なくなった。いったい先輩に何があったのか?

 文化祭、試験、修学旅行などなど、イーハトー部の一年間が綴られる。その過程で部員ひとりひとりの抱えた問題が炙り出されるのだが、随所に出てくる宮沢賢治の作品が実にいい。『銀河鉄道の夜』の草稿が四種類もある理由や先輩が書き残した賢治の詩の一節などのひとつひとつに、言葉を読むということ、受け取るということ、解釈するということ、そして伝えるということが与えてくれる力強さと優しさが満ちている。悩み、傷つき、足掻くのが青春の痛みなら、それを癒すのは青春のぬくもりなのだ。

 前作を読んでいる人には嬉しい再会もある。これ一冊で独立した話にはなっているが、ぜひ二作併せてお読みいただきたい。

 最後に、手前味噌で恐縮だが私がセレクトしたアンソロジーを。大矢博子編『学園ミステリーアンソロジー 放課後推理大全』(朝日文庫)だ。高校、大学を舞台にしたミステリ短編を七編集めた。収録作家は城平京、友井羊、初野晴、米澤穂信、有栖川有栖、金城一紀、栗本薫。

 特に、有栖川有栖「瑠璃荘事件」と栗本薫「伊集院大介の青春」に注目いただきたい。ともに大学生の話で、前者は一九八八年、後者は一九六八年が舞台だ。現代の大学生とは価値観も生活の様子も異なる。その時代の息吹を感じていただきたい。どの時代にも「青春」はあったのだから。

角川春樹事務所 ランティエ
2024年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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