『告白撃』
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『告白撃』住野よる著
[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)
凡人大人の「右往左往」
欲望や孤独や野心や憎悪に追い詰められ、知略や暗闘によってそれと対(たい)峙(じ)したかつての登場人物たちに代わって、命を賭して苦悩することのないただの社会人を小説の舞台に立たせるケースが、継続して増えていると見る。そんな「定番」の設定が、心地よく光る一冊だろう。
堅実な結婚話の進む千鶴は、以前から自分に恋心を抱く響貴に花嫁姿を見せたくないと思い始める。千鶴が採った策は、元学友たちの協力を得て、わざと響貴に愛を告白させ、その上で絶望的にあきらめさせるというものだ。
三十路(みそじ)が見える大人たちの画策する告白誘導作戦らしい。千鶴と響貴を含む仲間の一泊旅行に始まり、協力者宅、クリスマスのホテル、響貴の部屋、焼肉店、千鶴の誕生祝いのショップ巡りと場所を変え、「告白の誘導はうまく行くか行かないか?」というやり取りを続ける。明かされない事実はあるが、秘めた恋心と現実の結婚という古典的対比が見え隠れもする。
『食堂かたつむり』あたりからの気がするから、ここ十五年くらいか。エリートや極悪人や狂人や天才に飽きた作家たちにとって、「凡庸な大人が、思い立って人生の再出発に挑戦し、右往左往する」話が、筆に快適な題材となっているようだ。等身大の凡人による突拍子もない挙動という、読者層への甘い麻薬である。
その傾向が「定番」として継続し、ポピュリズム華やかないま、閉塞(へいそく)した毎日に疲れた読者たちを救うのだろう。一方この間「定番」は、「右往左往」を背景に人間の何を描いてきたのか。書き手たちは、そろそろ突き詰めて自問すべき時期に至っていると見る私だ。
かくある物語界の景色に相性良く現れた、中学生並みの論理と自己表現で生きるアラサーの群れ。『告白撃』の彼ら彼女らは、きっと大衆の心の疲労を埋めに来る。本書、お勧めである。頁(ページ)をめくろう、次々と現れる凡人たちの暮らしに、幸運が天から降ってくることを祈りつつ。(KADOKAWA、1650円)