『詳解全訳 論語と算盤』渋沢栄一著/守屋淳訳・注解

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詳解全訳 論語と算盤

『詳解全訳 論語と算盤』

著者
渋沢 栄一 [著]/守屋 淳 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
哲学・宗教・心理学/倫理(学)
ISBN
9784480843319
発売日
2024/07/01
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『詳解全訳 論語と算盤』渋沢栄一著/守屋淳訳・注解

[レビュアー] 櫻川昌哉(経済学者・慶応大教授)

「仁」を強調 富の追求正当化

 論語は儒教を、算盤(そろばん)は商売を表しており、元来、両者は相性が悪い。金儲(かねもう)けを目的とする商売は卑しい行為であると儒教は批判してきた。マックス・ウェーバーは、プロテスタントの倫理と倹約の精神が資本主義の発展の原動力であると主張し、儒教の国が経済発展することなどありえないと言い切った。儒教の思想が足かせとなって停滞を続けた中国や韓国を尻目に、この学説をあっさりと覆したのが日本である。そしてその反証に貢献し、日本の経済思想に大きく影響したのが本書である。つまり本書は、世界史的にも重要な書といえる。

 儒者として、初めて経済に向き合ったのは荻生徂徠とされる。しかし経済の発達は、儒教と両立しないわけではないと控えめなものであった。それに比べると、渋沢の主張は積極的でありラディカルですらある。渋沢は、論語を辿(たど)りながら、孔子は富を追い求めるべきではないと言っているわけではなく、道理に基づかない方法での富の追求はいけないと言っているに過ぎず、道理に基づく富の追求はむしろ正当化されるという論法を使って儒教を経済に引き寄せていく。

 渋沢は孔子の唱える「仁」を強調し、仁を商売人にもとめた。仁とは、現代的に言えば、社会的共通善ないし公共的な意思とでも置き換えることができよう。商売人に道徳心があってこそ、金儲けが社会の発展や繁栄に貢献できると強調する。

 商売人に倫理をもとめる話は、1980年代に発展した「情報の経済学」に遡る。そしてその成果は経営者の行動を律して社会の利益に合致させる企業統治の概念で現代に受け継がれている。渋沢の慧眼(けいがん)、恐るべしである。

 日本経済に目を移すと、大企業は過去最高の利益を上げつつ内部留保をため、その利益を従業員や投資家に十分に分配していない。渋沢流に解釈すれば、稼いだ利益を社会に還流させる公共的な意思、つまり仁に欠けているということになる。はたして経営者たちは渋沢の声をどう受け止めるのか。詳細な解説がついた現代語訳もまた優れており読みやすい。(筑摩書房、2200円)

読売新聞
2024年9月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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