『新さかなの経済学』
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『新さかなの経済学 漁業のアポリア』山下東子著
[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)
漁業の「難問」 現場視点で
海がとりかこむ日本列島。古来、魚介を食卓に供してきた。不肖の歴史家も人後に落ちず、魚介類の天敵を自任する。「好きなときに好きなだけ食べたい」と代辯(だいべん)するオビに惹(ひ)かれた。
水「産業」という。列島の基幹「産業」ながら、評者などは舌鼓を打って消費するばかり、「さかな」を「産業」と考えたことがない。「野生生物を採捕するところから出発する」その「特殊性」は、いかに「産業」としての自立を阻んできたのか。当事者の気づかない「あらさがしの作業」が著者の本領である。
本書は「処方箋」を出さない。点在する「アポリア(難問)」の説明である。それなくして「処方箋」は書けないにもかかわらず、無理な処方をしてきた。どうやら評者はじめ、無知であることすら知らない埒外(らちがい)の消費者も、およそ無関係ではない。
あくまで水産業を経済学の視点でとらえた研究書である。しかし分析は、専門の市場・需給・流通・価格にとどまらない。マイワシ・サバ・サーモン・マグロ・カツオ・ウナギなど個別食材の生態から、漁業規制に雇用労働、資源調査に養殖技術、関係国のナショナリズム・国情、はては保存・調理・IT化にまで及ぶ。決して現場・生活から隔たらない。
だから高度で錯綜(さくそう)した論述を、なるべく平易に伝えようとする努力も滲(にじ)み出ている。とっかかりに、「まえがき」の図示と一覧がわかりやすい。豊饒(ほうじょう)な内容をまず一望できる。
「水産物がオメガ脂肪酸など肉類にはない優れた栄養特性と機能性を持ち、美容と健康に効果がある……バラエティは豊富で、その数たるや牛のブランド数や部位数の比ではなく、……だからもっと食べたい」
深く納得。「アポリア」発見が解決を導き、やがて業界の活性化に転じて、「気まぐれな」消費者の「購入行動」をかき立てる。本書がそんな契機になってほしい。(日本評論社、2750円)