『月ぬ走いや、馬ぬ走い』
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<書評>『月(ちち)ぬ走(は)いや、馬(うんま)ぬ走(は)い』豊永浩平 著
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
◆世代超え沖縄つなぐ声
書き手であり聞き手でもあるような存在が小説家なのだと思う。本作で第67回群像新人文学賞を受賞した豊永浩平は、その声と耳の資質を存分に備えた、まれに見る大器なのである。
お盆である今日は<ニライカナイんかいご先祖さまたちがくるから>危ないので行ってはいけないとオバアに諭されている海へ、大好きなかなちゃんに誘われたから行ってしまう小学生の<ぼく>こと浩輔。この幼い2人が海でびしょぬれになった兵隊さんを目撃する冒頭から、以降13人の語り手が順々に言葉のたすきをつなげていく。
「皇弥栄(すめらぎいやさか)!」と叫んで沖縄戦で玉砕した兵士。沖縄で終戦を迎えた震洋特攻隊長。その腹違いの妹であり、戦争花嫁として一時期アメリカで暮らしていた浩輔のオバア。
元カノの愛依子に未練たっぷりな高校生の我那覇周(がなはしゅう)。ヒガジュン先輩にセックス動画を流出されてしまったものの、菜嘉原徳生(なかはらのりお)とつきあうようになって、未来に希望を抱き始めている中学3年生の黒島奈都紀(なつき)。ろくに面倒も見ない上、奈都紀に暴力をふるう母親。そんな奈都紀の母を殺(あや)めて逃亡することになる徳生。
ベトナム戦争に従軍する米兵に体を売っている男娼(だんしょう)。沖縄革マル派の解放闘争に敗れ刑務所に入れられて、吃音(きつおん)になってしまった菜嘉原秋繁(あきしげ)。
などなど、沖縄戦体験組、現代を生きる小学生や高校生たちとその親、1960年代から70年代に若き日を過ごした世代-主に3グループに分かれる語り手たちが、時に愛らしく、時に沈痛に、時に厳粛に、時に軽薄に、時に哀切にとそれぞれの声を響かせ、沖縄という土地に流れる時間と人間を接続させていくのだ。
<月ぬ走いや、馬ぬ走い>という沖縄の黄金言葉(くがにくとぅば)。<馬さながらに歳月は駈(か)け抜けてしまいますから、時をだいじにすべし、けれど苦悩は結局なくなるものとして抛(ほう)ってしまいなさいな>。オバアのこの言葉が全登場人物の頭上に降りそそぐ。読者である私の胸に根づく。大きな物語を読んだという充実感が得られる出色のデビュー作なのである。
2003年、那覇市生まれ。現在、琉球大在学中。
(講談社・1650円)
◆もう一冊
『ヒストリア』(上)(下)池上永一著(角川文庫)