『八日目の蝉』
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絶対にこんなところにひとりきりにしない
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「赤ん坊」です
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大江健三郎に『取り替え子(チェンジリング)』という小説がある。
クリント・イーストウッドには「チェンジリング」という監督作品がある。
チェンジリングとは、赤ん坊をすり替えること、またすり替えられた赤ん坊のことをいう。
なぜこんなことが起るのか。赤ん坊が欲しいという女性の強い思いがあるため。
角田光代の『八日目の蝉』は、チェンジリングと同じように、他人の赤ん坊を盗み出し、自分の子どもとして守り、育ててゆく物語。
主人公の希和子という女性は妻のいる男を愛し妊娠したが、男に説得され中絶。同じ時期、男の妻の妊娠が発覚した。
希和子は夫婦が赤ん坊を置いたまま外出したのを見て部屋に侵入する。ひと目赤ん坊を見たかったから。
部屋に入るとベビーベッドのなかで女の子の赤ん坊が泣いていた。希和子が近づくと彼女の顔を見て赤ん坊が笑った。
「まだ目に涙をためているのに、赤ん坊は笑った。たしかに笑った」
はじめは赤ん坊を見るだけのつもりだったのに、赤ん坊が笑ったのを見て希和子は思わず抱きあげる。
「私だったら、絶対にこんなところにひとりきりにしない」。そうして希和子は赤ん坊を連れ出す。以後三年半、赤ん坊を育てながら逃亡生活を送ってゆく。
無論、誘拐は犯罪である。しかし、この主人公の赤ん坊が欲しい、守り育てたいという気持があまりに切ないので彼女を許したくなる。